橘さんに告白をしたのは一ヶ月前のこと。 成り行きでマネージャーになった部活の唯一の先輩で、みんなの憧れで、尊敬している人。気がついたら好きになっていた人。ありきたりな恋だけれど、私はたしかに、彼が好きなのだ。 その日は雨が降っていた。 引退した橘さんが顔を見せてくれたということで、部室でミーティングが行われ、すぐに解散。橘さんを含め、私たちはぞろぞろと寒いだの傘がないだの言いながら部室をあとにする。 「傘ないのか?」 「はい。忘れて……多分ゲリラ豪雨だから待っていようかなって」 「それなら俺のに入るか?ほら、俺のやつ結構でかいだろ」 「わあっパラソルみたい」 私の言葉で笑いながら傘を私に向ける橘さんに、どくんと胸がはねる。傘を忘れたのは私だけじゃないのに、私を入れてくれるんだ。 真っ黒で大きな傘に入ればゆっくりと彼は動き出す。内容は確か部活のことや勉強のこと。世間話をしているうちにフッ……と会話がなくなって。 その時の彼を私はまだ、鮮明に覚えている。 遠くを見つめる瞳は私なんか映っていなくて、一文字にひかれた唇はきゅっと結ばれている。傘を持つ手はすこし大きすぎるようで持て余している。時折雨の匂いと一緒に彼の少し汗の混じった匂いが漂った。 好きだと思った。 隣にいる彼がたまらなく好きだ。 その目で私を見て欲しい、私にくちづけて、触れて欲しい、そうしてもっとあなたの香りを近くで感じさせて欲しい。 「好きです」 漏れた言葉に、橘さんは足を止めて私を見た。少し驚いた顔をして、名字と私を呼んだあと、また前を向いて歩き出した。 「悪い、正直そういうことを今は考えていられないし、そういう余裕が無い」 もう受験生だもんなあ、と頭の中の私がのんきにつぶやいた。橘さんはさっきよりも少しゆっくりとした歩幅で進んでいく。私ふられちゃったのか。ふうん。 「もしも、余裕があって、橘さんが抱えてるそういうものが全部なかったとしたら……付き合ってくれるんですか」 もう橘さんはこちらを向いてくれなかった。力強い彼の瞳が好きなので、ちょっとだけ悲しくて。 「すまないが、多分ない」 「理由って……聞いてもいいですか」 「悪いんだが、パッとは出てこない。ただ、そうだな、俺はお前をそういう対象で見たことがない」 「はい」 「だから、お前はひとりの後輩で、それで、後輩は後輩としか見れない」 「はい」 すぐに理由が出ないくせに、断るのはずいぶんと速かったな、なんて。私の頭の中は案外とすっきりとしていた。 やっぱりという気持ちとどうしてという気持ちが渦巻いているけれど、彼のいう「後輩としか見れない」って言葉がすべてなんだろう。緩やかな私たちの歩みに合わせるように、私の鼓動もゆったりとしている。 「気にしないでください、私、案外大丈夫ですから」 「でもなあ、俺にとっては一大事だぞ」 「私知ってるんですよ、橘さんがよく告白されてるってこと」 「おま、なんでッ……ハァ、あのな?そうは言ってもだ。ずっと可愛がってきた後輩とよく知らないようやつじゃあ、全然違うに決まってるだろ?」 ばくんッ! 嫌な音だと思った。彼の一言で私の体はひどく変化する。 ああ、私のことを可愛がってくれていたんだ。それで、少しは考えたり、もしかしたら悩んじゃったりもしてくれているんだ。今、この瞬間は、私のことを考えてくれているんだ。 嫌いになれるわけがない。ふられてすぐに諦められるような恋でも思いでもない。 「こんなことを言うのもなんだが、お前のことは大切に思ってるんだからな」 ほらまたそうやって好きにさせる。 |