※倫理的にちょっとよろしくない




フツーの、かわいい子。それが第一印象だった。


「わたし、こういうのちょっと苦手で。だから同じ感じの人がいてラッキーです」
「それ千石のうつってない?」
「わっ!本当だ!あの人の近くにいるとうつっちゃうんですよね…」


千石に数合わせで呼ばれた合コンに、同じように数合わせで呼ばれた名字はニコニコと笑みを絶やさない少女みたいな子だった。大学のひとつ下の後輩で、話したことなんてなかったが、共通の知り合いである千石 によりなんとか話は保っている。
千石と同じ占いサークルに所属する彼女は最近手相とタロット占いにハマってるらしい。千石が言うと信憑性にかける言葉なのに、女の子が言った途端、急に当たりそうな気がしてくる。「見てみましょうか」彼女の問に頷くと、俺の手をとってじいっと見つめる名字。不覚にもどきりとした。そんな、童貞じゃあるまいし。


「あ、先輩イイ感じですよ!特に恋愛運なんかサイコーです!新しい恋の予感ってところですかね!」
「それまじ?困ったな、俺彼女いるのに」
「アハハ!浮気ですか?」
「おいおい…洒落になんねーって」


けらけらと楽しそうに笑う名字の手は、俺の手を持ったままだ。女の子によって手の柔らかさが違うんだな、なんて考えが浮かんでは、恋人の顔が浮かんだ。ちがう、これは浮気じゃない。
付き合って5年目になる彼女がいる。お互い初めて同士で、大学を卒業したら結婚だって考えているほどだ。それがこんな、ぽっと出に揺らぐほど俺は馬鹿でも浅はかでもない。けれどなんなんだ、この身の震えるような、恐ろしさのある悪い予感は。


「先輩、わたしそろそろ…」
「帰るのか?」
「もういい時間ですし、わたし、もうここにいなくてもいいかなーって。合コンのノリみたいな空気ちょっと苦手で」
「そっか、じゃあ、気をつけて」


助かった。すまなそうに俺に謝りを入れた名字の顔は本物そのもの。俺は一体何を怖がっていたんだ?こんなごく普通な女の子あいてに。


「おーい南!ちょっと名前ちゃん送ってあげてよ!」
「は?」
「女の子をこんな夜中に一人でって可哀想だし危ないじゃん」


たしかにそうだ。けれどそれが死刑宣告のように聞こえてそまうのはなぜなのだろう。








「すみません、迷惑かけて」
「いや、大丈夫だ。俺もあの空気苦手だし」


送るように頼まれるも名字はどうやらタクシーで帰るらしい。二人乗り込んだ車内に一人、ためいきをつく。これって俺、必要ないだろ。走る車から外を眺めれば、まだまだライトが輝いている。家に着いたら恋人に電話でもしてみようか、でないと…


「南先輩、つきましたよ」
「え?あ、ああ…」
「…こっち。きてください」


俺が出す前に支払われた料金。中途半端に取り出された財布を複雑な気持ちでしまう。車内を出るとバッと目に入ったのは、え、これ、ちょっとまずいって…
休憩・宿泊、そんな文字が四方八方看板へ書かれている。なんでまた、こんなホテル街に。もしかしてタクシーの運転手がいらん気でも回したのか。ああ、とりあえずはフォローを入れなくては。


「名字、タクシー捕まえよう。多分さっきの運転手勘違いしてたな、あとでクレームしとくわ」
「先輩」
「ごめんな、嫌な気持ちにさせて。すぐに――」


ギュッと、けれど柔らかな衝撃が右腕に走る。まさか。そうは思ってもきっとそんな訳。けれど見れば予想通り、俺の腕に抱きつく名字がいた。


「ちょ、なにして」
「いやですか…?」
「え?」
「わたしとじゃ、いやですか」


思わず飲み込んだツバに喉がなる。それを聞いた名字は、そこで初めて少女のような笑みから一変し、年相応…むしろそれよりも上に見える艶っぽい微笑みを浮かべた。自然と押し付けられる胸は俺の腕の形に柔らかにひしゃげ、大胆に露出している訳でもないのに官能的に俺を誘う。「せんぱい…」せつなげな声はひどく煽った。ずるすぎる。こんな状況は俺には不利でしかないじゃないか。
仕方ない。悪くない。だって誘ってきたのはあっちからだ。理由をつけて名字を抱き寄せると、ふわりと香ったのが恋人とは違うもので、それに罪悪感よりも先に興奮が高まってゆく。高鳴る心臓は一体どれにだ?柔らかい体。あいつも柔らかだったけれど名字とはまた違って感じる。頬に、頭に、手をスライドさせるように固定してキスをした。


(悪いなあ…)


頭の中で、誰に対してなのかわからない謝罪をした。








「最近何かあった?変だよ?」


彼女の不思議そうな、怪訝そうな瞳が俺を射抜く。何かあった、けど、言えない。言ったらどんなは反応をするのだろう。怒り怒鳴るだろうか、それとも泣くのだろうか。冷静に俺を責め立てるかもしれない。5年付き合ったくせにろくに喧嘩もしなかったから、彼女の反応が思い浮かばない。


「なんか元気ないしさ。どうしたの?」
「いや、ちょっとな」
「…言いたくないこと?」


先程の表情から一変し、穏やかな優しい顔つきで俺を抱きしめた彼女。なのに脳みそが名字を思い出させる。いけないことをしている。わかってる、けれど…
マナーモードにしたスマホがチカチカと着信があったことを知らせた。名字かな、多分、そうなんだろう。おかしいよな俺。こうやって心配してくれる、結婚だって考えてた恋人がいるのに、いつの間にか出会って1週間も経ってないような名字の方が好きだなんて。



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