※ほんのちょっぴり企画サイト提出のものとは違います




クラスメイトの女子が廊下でうずくまっていた。だから声をかけた。そうしたら具合が悪いと返されたので保健室に運んだ。ただ、それだけだった。


「ありがとう真田くん。きみって見た目よりずっといい人なんだねえ」
「それはつまり、俺の見た目が怖いというのか」
「うん。すっごく怖く見えるよね真田くんは、見た目で損してるよ」


なぜ俺は貶されなければいけないのだろう。礼を言われるのはわかる。俺ももしうずくまっていたところに声をかけられ、保健室に連れていってもらったのならそうする。だが、なぜ見た目が怖いと…しかも損をしてるとまで言われなくてはいけないのか。
ぐぐっと昇る血の感覚。けれど待つのだ真田弦一郎。相手は女子だぞ?赤也のように怒鳴り散らすのが果たして正解なのか。そうしてしまっては名字の言う「見た目よりいい人」から一変し「見た目通り怖い人」になる。それは避けたい。俺が女子と、クラスの女子とですら交流がほぼないのは彼女の言う通り「怖い人」だと思われているからだ。ならばここは、耐えるしかないではないか。


「……あれ?」
「なんだ」
「真田くん、怒らないの?」
「お前は怒って欲しいのか」
「ううん……そうじゃなくてね、ああ、やっぱり真田くんっていい人なんだなあって」


感心したように頷くと名字はベッドから起き上がり、両手をついて謝ってきた。戸惑う俺をよそに頭を下げたまま、失礼なことを言ってごめんねと、先程よりも少し落ち着いた声で告げられる。


「や、やめてくれ!俺は女にそんなことをさせる趣味はない!」
「真田くん、きみって本当にいい人だね。私ますます気に入っちゃったよ!」


名字が俺の言葉に勢い良く顔をあげ、更には俺の両手まで掴んできたので、ついついたじろいでしまう。なんなんだこいつは。さっきまでは死にそうな顔をしていたくせに、急に生き生きとして。


「真田くん」


今度は真面目な顔をしている。訳のわからない女だ。同じクラスの割に俺はこいつのことを知らなかったのだと思う。お互い様なのだが、余計それが不思議で妙に感じるのは名字の色々な面を、急にたくさん見ているからなのだろう。


「私、きみになら話してもいいかなって思うの」
「何をだ」
「世界がね…今日で終わっちゃうってこと」


つくづく訳のわからないやつだ。俺をおいて名字は神妙にそのまま語り出す。


「今日の終り、その時ちょうどぴったりに、まずは隕石が降ってくるの。
そうしたら富士山が噴火して、ついでに大雨も降る。総理大臣はディスコを踊り出すし日本は太平洋プレートがすごいことになって、他にも色々あるのだけれどそのせいで沈没するんだ。
ユーラシア大陸は6分割しちゃうし南極と北極の氷はシャーベットみたいにサラサラになって海で溶けちゃって、アマゾンは気温が上がりすぎて植物が自然発火……とにかく世界が終わっちゃうの」
「いろいろと壮大だな」
「私もそう思う」
「根拠は?」
「私ね、小さい頃からずっと……その夢を見てるの。そして明日ついに、その日が来る。根拠はそれよ」


冗談を言っている顔には見えなかった。彼女の語るそれはありえないことの筈なのに、どうしてか本当のように聞こえるのは、そのせいなのだろう。俺を鋭く射抜いてゆくような双眼はじっと逸らされることなく、俺が言葉を発するのを待っている。


「本当に終わるのか」
「うん」
「それは困るな、俺はまだテニスをしていきたい」
「……真田くんって面白いね」


先程まで俺を睨むかのように見つめた瞳は一変し、穏やかな眼差しになる。そしてほころばせた笑顔は俺が見てきたころころと変化してゆく彼女の表情の中で一番いいものだった。


「明日は来る」
「来ないよ」
「来る、どんなにお前が来ないと言っても、夜が明け朝が訪れたら、それはもう明日だ。俺が何かをしなくとも、世界は勝手にそうなるようになっている」
「でも!」
「怖いのか?」


俺の言葉に名字の視線が、体が、揺れた。虚をつかれた顔をして、ひどく怯えた顔をし、ついには俺の方を見もしなくなる。
俺にはわからなかった。わかるはずもない。今日世界が終わると言われても、怖くはない。明日が来るのは当然のことだ。だから怖がる理由も今日が終わると断言できるのも理解し難い。


「怖いのなら眠ってしまえばいい」
「…は?」
「眠ってしまえば、次に目を覚ました時は朝で明日だ」
「真田くんて、へんなの……」


名字はそうつぶやくと今度はボロボロと涙を流すので、ひどく困ってしまう。こいつは本当に表情がすぐに変わる。全く、心の内が読めやしない。
カーテンが開けられ、養護教員が親が来たと知らせる。再び閉められる前に立ち上がり、彼女から、保健室から離れた。






「おはよう真田くん」


やはり、明日は来た。
練習を終えて教室に入ると、俺へ一番に話しかけたのは昨日別れた時よりも随分スッキリとした顔をした名字だった。返事を返してもまだ笑顔で俺の傍にいるので不思議に思うと、それが伝わったのかさらさらと言葉を紡ぎ出す。


「私、あのあとすっごく怖かったの。頼りの綱の真田くんは早々に帰っちゃうし、お父さんもお母さんも心配してるし…」
「そうだ、お前、具合は平気なのか」
「うん。今思えばストレスとか、緊張から来てたんだなって。それでね、真田くんの言った通り寝ることにしたの。そしたら、起きたときは綺麗な朝焼けで…なんだっけ、朝ぼらけ…って感じ?もう安心しちゃってね!学校も早く来ちゃった」


彼女は楽しそうに話す。昨日の暗い顔なんてまるで嘘のように晴れやかな笑みを浮かべて。


「私ね、やっぱり世界は終わったのだと思うよ」
「しかし朝は来た」
「うん…世界は終わって、けれど私には新しい世界が始まったんだなあ…なんて……アハハ!なんか恥ずかしいね、これ!」
「いや、名字の言いたいことはなんとなくだが、わかるぞ」


今朝はいつもよりも清々しい気持ちがする。それに新しい世界が始まったという言葉はぴたりと当てはまる感じがした。面をくらった顔の名字を見て、まだ知らない表情がどれくらいあるのかなんて、的外れな考えが頭に浮かぶ。


「……真田くんは、やっぱりいい人だね」
「今の流れでどうしてそうなる」
「ちょっと変だけど、いい人」
「お前も大概だがな」



「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -