私の隣の男の子は葵くんという。坊主頭でまだ1年生なのにテニス部の部長をしているすごい人だ。というかいろいろとすごい人だ。例えば、隣の席だから私には彼がたまにブツブツと言っているのが聞こえるのだが、その内容が「この問題ができたら可愛い子女の子から話しかけられる!」とか「次のテストでいい点を取らなくちゃブスの女の子に言い寄られる……」とか、まあなんだ。ひどい内容であった。可愛い女の子はいいけど…ブスって、おい、露骨だな!おい!!悪かったな隣の席がブスの女の子で!!


「おはよ」
「あっ!お、おは、おはよう!!」


そんなブスの女の子に話しかけられても流石に今日はドキマキしてしまうらしい。バレンタイン、普段女の子が〜とブツブツ言ってる彼にとって今日は特別な日だろう。…もらえるかどうかは別として。意味もなくキョロキョロしたり机の中をごそごそしたり…わっかりやす…
さて、なぜ私が彼の話をし始めたかというと理由があるのだ。ひとつは彼は可愛い女の子を求めているということ。ふたつめはバレンタインということ。そしてみっつめは、それを踏まえた上で、私が彼を好きだということだ。


思い返せば半年前、私が先生に頼まれた荷物を運んでいる時だった。ものすごく大変というわけではなかったけれどそれなりに辛い荷物を持ち廊下を歩いていると名字さん、と私を呼ぶ声がした。話の流れ的にわかると思うがそう、葵くんだ。ベタな話だが彼は私の持っていた荷物をすべて持って、そして「お疲れ様」なんて言い残して職員室に向かっていった。少女漫画のヒーローか。チクショウ。かっこいい。ベッタベタだけれどこんなことで私はときめいてしまったし好きになってしまったのだ。




昇降口の階段はテニス部鑑賞の穴場スポットだ。踊り場があるおかげで私のことは彼らには見えない(と思いたい)し、冬場は寒いけどコンクリ製のおかげで多少ながら風を防いでくれる優秀スポット。友達からもらったチョコをパクリと口に入れる。
甘いなぁ、チョコも私も。
こんなところにいたって私は彼にチョコを渡せないし、彼も欲しくはないだろうし。テニスコートの周りにはきゃいきゃいと女の子立ちが集まっていて…すっげー佐伯先輩めっちゃモテてる!さっすがチバロミ!!あーあ、あの中に葵くんへチョコを渡す人とかいるのかなぁ。可愛い女の子からもらってでへでへなんだろうなぁ。私がもう少し可愛かったら、渡せたのに。


「帰ろう」


こんなところで黄昏てなんになるんだ。さっさと帰って気持ちに蓋して寝よう。カツンカツンと足跡が響く。辺りはもう暗くなってきてるし寒いしテニス部も終わったみたいだし、中学校生活初のバレンタインを締めくくろうじゃないか。あーあ今日のご飯なんだろ、おでん食べたいなぁ大根はんぺんこんにゃく…


「あれ、名字さん?」
「ちくわ……え?あ、うわっ葵くん!?」
「(ちくわ?)どうしたのこんなところで。あ、も、もしかしてバレンタイン?」
「え!?あ、えー…じゃあそういうことで…」


ここで本人の登場!なんていうのは望んでいなかった。なんでこのタイミングで来るかな…そして妙にカンがいいかな…


「…もう渡したり?」
「まあ…女子にはね」
「え!そ、そうなんだ!よかった…じゃなくて、渡さなくてよかったの?」
「あー…だって私かわいくないし…」


なんで本人にこんな話をせなあかんのだ。さっきから百面相もいいところな葵くんはえーっ!?と叫んで私を見てから何も言わない。せめて何か言ってくれ。


「…あのっ思いを伝えるのは可愛いとかそういうのに関係ないと思うし!いや、名字さんは可愛いけど!可愛いけど!!」
「それ葵くんが言うの…ってえーっ!?葵くん正気!?」
「正気も何も本当のことじゃん!名字さんが隣になったとき嬉しかったし!!」
「あっ、え…ありがと…」
「ぶっちゃけ名字さんがチョコを渡す相手が憎たらしいし!あれだけ願掛けしても無駄だったし!」
「にく…願掛け?」


葵くんの勢いに飲まれかけていたけれどその願掛けって…。思い返せば最近葵くんは「この小テストに合格したら…チョコ…ブツブツブツ…」みたいな独り言が多かった気がする。え、ええ…そんなチョコ欲しかったのか…?半ばヤケクソな葵くんにそろっと話しかける。


「あ、あの…」
「なに!?」
「やっぱり私は私のこと、可愛いとは思えないけれど…でも、その、これ、も、貰ってくれないかな…」
「だから可愛いって…え!?あ、え!?」


鞄から出したチョコを彼に渡すと、さっきまでの勢いはどこへやら塩をかけた野菜みたいにしおしおとしてしまった。渡せないとばかり思ってたけど、ちゃんと渡せた。本命です、とてもじゃないが口に出さない…というか出せないけど。みんなにあげるのより時間も気持ちも注ぎ込んで、何もかも特別なチョコ。どうか口に合いますように、ビニールのラッピングから透けて見えるハート型のチョコが私の気持ちです…なーんて、ちょっとクサイかな。



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