「あの、」
名前から話しかけるなんて珍しい。いつも俺から話しかけて、それにニコニコと笑って返す…なんてパターンばかりだから。どうしたんだろう。もしかしてこの日付的な意味で俺を呼んだんだろうか。バレンタイン、もらえるんじゃないかなとは思ってたけれどやっぱりもらえると嬉しい。もちろん名前だからってこともあるんだけれど。
「あっ、えっと」
「どうしたんだい、珍しいね名前から話しかけてくるなんて」
「あのさ、佐伯くん」
もじもじとして顔をマフラーにうずめている名前の手には不織布で包まれた、多分チョコレート。手作りなのかな、まさか彼女の(と言ってもまだ恋人とかそういう意味の彼女ではないんだけれど)手作りが食べられるなんて。
「ん?」
「えっと、その……ごっごめん!人違いだったみたい!じゃあね!」
「えっ!あっちょっと!?」
ぽつんと取り残される俺にそれを見ていたらしいクラスメイトが肩に手を置いてきた。なんだよ、同情はやめてくれって。
放課後、いろいろな女子からチョコレートを貰ったけれど結局名前からはもらえず、テストも近いため部活もなく、ため息混じりに下駄箱を出る。人違いってことはあのチョコを誰かに渡すってことだ。しかも男子に。誰なんだ一体そんな羨ましいやつは。
「…名前?」
校門の側にぽつんと立っている人影は見覚えのあるマフラーをしていて、俺が声をかけるとびくりとしてからこちらを向いて小さく手を振った。やっぱり名前だ。急いで駆け寄ると慌てたような顔をして彼女も近づいてくる。
「ご、ごめんね佐伯くん走らせちゃって」
「俺が勝手に走っただけだから気にしないで。…それでどうしたんだい、こんなところに。寒いだろ?」
「寒くないよ、緊張してたし…それに」
待ってたの佐伯くんを。顔を隠すようにマフラーで口元を覆う名前に心臓が走り出す。顔が赤いのは寒さのせいじゃなくて、もしかして…?よかったらと言って突き出されたのは朝彼女が持っていた包だ。ありがとうと、にやけそうなのを押し込んで言えばそのまま続けて彼女は話した。
「本当はね朝に渡そうと思ったんだけど緊張しちゃって…それで、渡せなかったの。えへへ、馬鹿だよね、私、結果なんてわかってるんだからさっさと渡しちゃえばいいのに」
「結果って?」
「私なんかが佐伯くんに好きだ、なんて思ってもらえるわけないってこと」
なんでこの子はこんなにいじらしくて、可愛くて、それで
「馬鹿だね、本当に馬鹿だ」
チョコを持っていない方の手で彼女を引き寄せ抱きしめると、彼女の焦った声とどくんどくんと鼓動が制服越しに伝わってくる。肩にあごを置けば鼻に柔らかな彼女の匂いがかすめる。
「どうしてそんな決め付けるんだ」
「だっ…だってそんな、佐伯くんはみんなの王子様だし…」
「例えそうだとしても、俺が好きなのは名前だけだよ」
「佐伯くん…」
少し泣きそうな声をして俺の名前を呼ぶ名前が可愛くて抱きしめる力が思わず強くなる。苦しいよ、と言って笑う彼女の目には薄い膜が張っていてそれが余計に俺を駆り立てた。
「あのね、佐伯くん。好きだよ」
「…っていうのはどうかなって」
「それ私に聞かせてどうすんのよ」
バレンタインデー当日、昼休みに佐伯から暇?なんて話しかけられて話を聞いてみたら、これだ。わけわかんねぇ。なにこの妄想話。なんで私が登場して、さらに告白してるんだ。というか自分でも王子様とか思ってんのか佐伯は。なんだ、なんなんだお前は。
「だいたいなんで私の名前で呼んでるのよ」
「おっと、願望が漏れちゃったか。そうだこれを機会に名前で呼んでもいいかな」
「なんかやだ」
「つれないなぁ」
そもそも私は佐伯用のチョコなんて用意していなければ好意だって抱いていないのに、なぜ佐伯はこんなことを言ってくるんだろうか。理解不能である。カバンからゴソゴソとそれを取り出して佐伯の口に突っ込む。嬉々としていた佐伯だが、もごもごとしていた口が開くと同時に佐伯は私に不満を漏らした。
「なんで煎餅…」
「チョコないし。というかもらえるだけ感謝して欲しいんだけど」
「…そうだね、ありがとう名前。俺も好きだよ」
「どさくさに紛れて名前を呼ぶな、あと現実に戻って来い」
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