12月31日


「っくしゅん!」

鼻をすすりながらまだ絶えない人だかりを見てひっそりとため息をつく。
31日から神社でバイトをしないか、と親戚の頼みで巫女の仕事をすると決めたときは、それはそれは嬉しかった。あの服をいつか着てみたい、なんて思っていたしコスプレなんかじゃなくて本物の巫女さん(アルバイトだけど)という肩書きは、とてもかっこよく思えた。


「…実際は」


はたから見ればかわいい巫女装束はものすごく寒い。頼まれた御神酒は冷たいし、防寒具はつけていけないから手はかじかむし、極めつけに首元にダイレクトアタックする冷たい風が泣きたくなる。
はぁ…と凍えそうな手に息をかけて暖をとろうとする。が、水蒸気のせいで手が余計に冷えて全くの逆効果だ。あーあ、もうみんな居なくなればいいのに。初詣に来る人が居なくなった時点でおしまい、お金は既に1万円前払い。この人達が消えれば私はストーブで暖をとれるというのに……


「名前か?」

「え、あ、弦ちゃん?」

「どうしてそんな格好を…」

「親戚の頼みでアルバイト。弦ちゃんはひとりで初詣?」

「いや、部活の者と…あそこで騒いでいるのがそうだ。初詣くらい静かにせんかぁああああッ!!」


弦ちゃんの怒号でざわざわと浮かれモードだった空気がしん…と静まり、周りの人達がこちらを見ている。きっとその部活の子達にむかって言ったんだよね、でも、他の人達もいるから。すごい注目されてるからね、弦ちゃん。こういうところに気がつかないの、大人みたいな顔つきの癖に子供っぽい。思わずくすりと 笑みがこぼれた。


「弦一郎よ、許してやれ。あいつらも大晦日で浮かれているんだ」

「だがしかしだな」


人混みの中から男の子がひとり駆け寄り、弦ちゃんに話しかける。多分彼の言っていた部活の子なんだろう。私を見ると一礼し、すみませんと眉をひそめた。慌てて大丈夫だよ、と返せば弦一郎、と男の子が弦ちゃんを目がめっちゃ細いから見ただけなのかもしれないけど睨んだ。


「えっと…弦ちゃんのお友達さん。いいの、そんな謝らなくって。ほら、もう周りの人達も気にしてないし」


どちらかというと神主さんや先輩の巫女さん達の方が心配そうにこちらを見ている。きっとガラの悪い人に絡まれていると思われてるんだろうな。にこりと笑って返せば男の子の糸目がカッと開き、私をガン見する。


「…弦ちゃん?」

「俺のことだ蓮二」

「弦ちゃんと呼ばれているのか」


バッとどこから取り出したのかノートに何かを書き出す男の子に首をかしげると、弦ちゃんに名前を呼ばれる。どうしたのと尋ねると、お前こそ…と言ったきり口をもごもごさせて、私を上から下まで舐めるように見つめる。そんな見つめなくても…と思ったが、ふとクラスの男子に巫女のアルバイトをすると言った時に「巫女さんっていいよな…」そんな発言が飛んできたのを思い出した。


「弦ちゃんも…」

「ん?」

「弦ちゃんもこういうの、グッときたりするの?」


吹き出したのは弦ちゃんだ。突然むせるものだからびっくりして背中をさすってやると、もっとむせる。大丈夫か弦ちゃん。男の子…たしか蓮二と呼ばれていた彼に助けを求めるも、ガツガツとノートに筆を走らせるばかりで助けてはくれない。


「弦ちゃん、ちょっと弦ちゃん大丈夫?」

「…ッた、」

「た?」

「たるんどるっ!」


え、ええ…?たるんどるって、ぜい肉的な意味?批難を込めて弦ちゃんを見つめるとゴホンと咳払いを二、三回して私の方を向いた。


「アルバイトは、何時に終わるんだ」

「え?参拝に来る人がいなくなったらおしまいだから、そこら辺はよくわかんなくて…」

「帰りはどうする」

「歩いて帰るけど…」

「そうか」

ポケットから手帳を取り出した弦ちゃんはそれに何かを書き、ちぎって紙切れを私に差し出した。受け取り、中身を見ると数字の羅列が書き込まれている。電話番号?尋ねると、そうだ、という言葉に続けて弦ちゃんが私の頭に手を置く。


「終わったら迎えに行く。だから」


電話しろ。そう言って昔私がよくしたみたいに頭を撫で、蓮二くんを連れて人混みの中へ入っていった。いつの間にかぐんぐん伸びた弦ちゃんの背は人ごみの中でもすぐ見つけられるくらい高くて、ふと振り向いた弦ちゃんが私を見て柔らかく笑うもんだから、心の奥がむずむずする。弦ちゃんの癖に、こんなかっこいいことして。なまいきだ、ばか。
さっきまではあんなに寒かったのに、今はなんだか、あったかかい。ぼんやりと、参拝客に話しかけられるまで、弦ちゃんの後ろ姿を見つめていた。



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