∵にこちゃんはともだち(前編)
→2015/01/29



にこちゃんは私の友達だ。
私は昔っからからだが弱くて、学校には月に片手で数える程度しか通えない…なんてことも少なくない程、私は昔から貧弱で病弱で、さらには泣き虫でもあった。そんな私の唯一の友達がにこちゃんなのだ。
高校に入っても、私は当たり前のように欠席を繰り返すものだから…中学同様友達なんでできる訳が無いと思っていたのに、入学してからも休み続けその1週間後に初めて登校した私に話しかけたのが、にこちゃん。


「あんた、やっと学校に来たのね。隣がいないと小テストの採点がめんどくさいんだから、ちゃんと来なさいよ!」


マスクをつけた私に、にこちゃんのどこか斜め上な言葉が嬉しくて。必要にされていたこと…それがたとえテストの採点なんてことでも、とても嬉しかった。
これがきっかけで私とにこちゃんは仲良くなって…そして、体調をよく崩す私のお見舞いに来てくれるようになった。学校のこと、クラスのこと、部活でスクールアイドルをはじめて……結局は方向性の違いで解散してしまった時はすごく悲しくて、私も力になりたいと同じ部活に入った。
そしてその頃から私の体調は段々とよくなって、そして、学校を休むことも少なくなる。


「にこちゃんがアイドルなら、私はプロデューサーがいいな」
「にこにーをプロデュースするっての?」
「うん、にこちゃんをもっと可愛く魅力的に見せられるように…私が力になりたいから、だからプロデューサーがいい。にこちゃんは私のアイドルだもん」
「もう…」


月日が流れるのが楽しかった。にこちゃんと過ごす毎日は今までにないくらい輝いて、簡単にそれは私の宝物になり、私はやっと青春を…うつくしく儚い青い春を過ごしているのだと思った。自慢の友人と共に。





「入院?」
「…うん、なんか、腫瘍が見つかったって」


二年生の秋。
ふたりの部室という私達の居場所で、私が告げた一言でにこちゃんが凍りついたのがわかる。つい一昨日に私が突然、学校で倒れたから…きっと心配してるんだ。倒れて救急車なんかで運ばれて、さらに次の日も休んじゃったから…にこちゃんは心配症だからなぁ、まったく。


「大丈夫だよ、陽性だけど摘出した方がいいからって話だし」
「でも、一昨日倒れて…」
「にこちゃんが待っててくれるんだから、私は大丈夫だって!」







「ひまだなあ…」


私の生活はその日から、また元通りになった。陽性だと思われていた腫瘍は悪性で、しかも体のいろいろなところに散らばっているから手術も投薬も繰り返し行われて、そして、私はほとんど学校に行かずに三年生になってしまった。
にこちゃんがお見舞いに来てくれると、歌い踊り、私の大好きな微笑をくれるので、病気でも私はずっと心は元気だけれど…にこちゃんは、つらそうに私を見つめた。それでも私はにこちゃんに来ないでという言葉だけは、言えずにいた。


「最近来ないのね」
「…はい、きっと三年生になって忙しくなっちゃったんです。あの子お勉強苦手だし、受験もあるから」
「そっか…大丈夫よ、退院してあなたもこれから毎日忙しくなるわ」
「だといいんですけれど」


看護婦さんの言葉に苦笑いをして、真っ白な天井を見つめる。にこちゃん。私のたった一人の友達。あなたの明るさがさみしいです。ここは色味が無さすぎるから、にこちゃんのピンクのカーディガンが恋しいよ、にこちゃん……。





「ひさしぶりね」
「にこ…ちゃん?」


夏の訪れを感じる頃、にこちゃんが私の前に現れた。にこちゃんが私の部屋に訪れたのは、三年生になって一度来た以来だ。久しぶりに見たにこちゃんは申し訳なさそうな顔をしているけれど、前よりずっと元気そうで、明るくて、名前の通りにこにこしている。


「久しぶり、学校楽しい?」
「…まあまあね、でも、最近はやりがいができたの」
「やりがい?」
「ええ…スクールアイドルをまた、始めたの」


どきりとする。スクールアイドル。にこちゃんがまた、アイドルに。それなら私は早く元気にならなくちゃ。私はにこちゃんのプロデューサーなのだから!


「ね、もう入っていいわよ」
「えっと…失礼します!」
「……にこちゃん、この人達はだれ?」


なんだか少し嫌な予感がした。わからないけれど、胸の奥がチリチリする。ぞろぞろと高校の制服を着た女の子たちが沢山入って、その中には同じ学年の、見覚えのある顔もいた。私になんの用なのだろう。気になる、けれど聞きたくない。


「私、今ここにいる8人と一緒にスクールアイドルをはじめたのよ」
「え…?」
「ごめん、今までお見舞いとか来れなくって。色々ごたついてたからそれどころじゃなかったのよ…でもね、きっとあんたもファンになるわ!ほら、あんたたち自己紹介して!」
「にこちゃん」
「えっと、じゃあ穂乃果から!穂乃果は……」


可愛い女の子たちが私に話しかけてくれている。けれど、ごめんね、全然耳に入らない。にこちゃんが前みたいなキラキラした笑顔をしているのは、この子達がいるからなんだね。前は私がにこちゃんをそうさせていたのにな。私、にこちゃんのプロデューサーなのにな…。


「もうみんな覚えたでしょ?」
「流石にそれは無理なんじゃない?」
「言っとくけどこの子の記憶力はすごいわよ、なんでもすぐに覚えちゃうんだから」
「わあ!じゃあ百人力ですね!」
「ねえ、覚えてる?あのふたりだけだった部室も今じゃぎゅうぎゅうなんだから!前じゃ考えられなかったでしょ」


部室…私とにこちゃんだけのあの教室が、もうそうじゃないのかあ。ねえにこちゃん、覚えてる?あなたが前に私に照れくさそうに言ってくれたこと。部員を増やそうかって話題になった時に、私とふたりだけでいいって…言ってくれたこと……



「にこちゃん」
「何よ、あんたさっきからにこちゃんにこちゃんって」
「にこちゃんごめんね、ごめんね…もう、来ないで」
「…は?」
「ごめんね、私…部活もやめるね。私がおいてったのは捨ててもいいし使ってもいいよ。ごめんね、にこちゃん、ごめんね…ごめんね」
「ッなにふざけたこと言ってるの!?あんた、わかってるの!?」


私はもう、にこちゃんには必要のない存在なのだろう。だって私がいなくてもにこちゃんの周りには友達がいて、笑顔にしてくれる人がいて。私って居る意味あるのかな。
そう思うと涙が出てきて、途端に息がしにくくなる。このまま死ねたら楽なのかも、大好きなにこちゃんに看取られて死ねるのだし。ああ、それって幸せ…




次に目を覚ましても、私の目には見慣れた天井があるだけだった。死ねなかった。なんだ。つまらないの。


「起きたの?」
「お母さん…?」
「うん、お母さんよ」


ごめんねお母さん、そんな隈になるまで私の傍にいてくれたんだね。それなのに私、ひどいこと考えてるね。親不孝な私をどうか許してね。


「どうしてなのかしらね」
「え?」


お母さんが悲しそうな顔をして私を見つめる。その時、もしかして…と思った。ついに来てしまったのか。きっと私は頑張ったほうだ。だからこの現実を受け止めたい。そしてもう楽になりたい。身体蝕む病魔を、心を焦がす憎悪を、すべて消しさってしまいたい。


「私、死んじゃうのね」


はらりと、お母さんの目から涙が落ちて、つられて私も泣いてしまった。

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