職場体験二日目

 Mt.レディの事務所は比較的峰田とユチカの家から移動可能範囲内なので、地方遠征組とは違ってホテルなどには宿泊せずに自宅から職場体験場所へと通っていた。
 二日目の職場体験も事務所の清掃から始まった。その間Mt.レディは新聞や今日発売の週刊誌に目を通す。自分のことが書かれていないかチェックに余念なし。
 すると、ネットニュースの方をチェックしていた事務員がとある掲示板のまとめ記事にたどり着いた。


「【検証】Mt.レディの50m離れても損なわれない美しさ【写真を貼っていく】」


 どうやらファンが立ち上げた掲示板に、昨日の敵制圧時、規制線を貼っていたユチカの発言を拾った市民がいたらしい。ニューフェイスヒーローとして発言していたことになっているが、掲示板に貼られた画像に小さく映る後ろ姿はユチカのヒーローコスチュームだった。
 ユチカはあまり記憶にない。


「下がってとは言ったけど……」

「いやお前ハッキリ言ってたからな」


 すぐ傍で見てた峰田が言うのだから、そうなのだろう。
 Mt.レディは事務員から奪ったマウスでスクロールしながら、自分が映る写真をざっと確認した。確かにどれも見栄えがある。


「よくやったわ!」


 Mt.レディはユチカの頭をわしゃわしゃと犬にするように撫でると、自分の公式SNSにも記事のURLを貼ってアップした。

 その日のMt.レディはテレビの生出演やバラエティ番組のコメント撮影、雑誌のインタビューとタレント活動を主としたスケジュールを組んでいる。二人は見学と称して同行することになっていた。
 同行している間の空き時間、Mt.レディは昨日に続きユチカを質問攻めにした。主に金剛事務所のサイドキックの話で、ユチカは質問を受けているうちにMt.レディの考えていることがわかってきた。


「Mt.レディはお仕事の幅を広げたいんですか?」

「そうよ! 私はビッグな女になりたいの。でもどのジャンルに適性があるかまだ分からない。っていうか仕事が来ない!!」


 テレビ局の生放送出演のための控え室で、Mt.レディはテーブルをダァン!! と叩いた。ユチカと峰田はテーブルに積み重なったお弁当やペットボトルの水、お茶が跳ねて転がっていくのを一緒に拾い集める。


「アンタんところ仕事の幅が広すぎるのよ!! 雑誌のモデルにバラエティ番組、俳優業、バンド活動にアイドル活動! その上ベビーシッターの資格まで持ってて? 金剛は僧侶だし、ゆりかごから墓場までかっ!!」


 ゆりかごから墓場まで、と言われてユチカは思わず笑ってしまったが、Mt.レディの顔が真剣だったので、笑いを引っ込める。


「いろいろやっているようですが、一人のヒーローが全部やっているわけじゃなくて、サイドキック一人一人が、その副業としてやっているだけなんですよ?」

「分かってるわよ…、でもこの年で個人事務所立ち上げて、これからってんだからもっと色々なジャンルに足を伸ばしたいの。ビッグな女って、マルチなのよ!」


 と、散々喚き散らかして峰田をビビらせた後、番組スタッフがMt.レディを呼びにきて笑顔で返事しているのはプロだと思った。しかも「あースッキリした。ユチカ、鏡」と当たり前にユチカをマネージャー扱いしているのだから、彼女は悩むほど小さくとどまらないだろう。


「二人は見学よ。手の空いてそうなスタッフに声かけて、邪魔にならないところでね」

「はい」


 こうしてその日、ユチカと峰田はMt.レディの撮影やインタビューを見学して一日を終えた。その合間合間に、Mt.レディは「あのカメラマン! 下からのアングルで撮るんじゃないわよ二重顎になるじゃない!」「あの女(ヒーロー)、絶対◯◯局のプロデューサーと枕してるわよじゃなきゃあの程度であの仕事貰えるはずない!」「さっきの記者、私の先月出た雑誌のインタビュー読んでないわよ絶対! 全く同じ質問して、何が素晴らしいですね、よ! 私は先月から素晴らしいの!」「カメラアングル最悪! 私は絶対こっちからの角度の方がビッグな女に映るのに!」とヒーローの裏側というか、タレントの裏側を盛大に見せてくれた。
 ユチカはカメラアングルなど気にしたことがないので、自分はどこから撮ったら見栄えがよく映るのだろうか、と考えた。
 一方で、峰田の方は女の裏側を見た恐ろしさに慄いてしまって、パーテーションの向こうでMt.レディや他の女性ヒーローたちが着替えている時も覗きに行かず(行くそぶりを見せたがユチカが髪で締め上げた)ほとんど口を開かなかった。


「Mt.レディはデビュー当時から既に名前が広く知れ渡っているように思うのですが、自分の中で売れたなって思った時はどのタイミングですか?」


 夕方、事務所に帰ってからユチカは交通費の精算を手伝っていた。金剛事務所でもやっているので、伝票の雛形が違えどある程度はできる。


「私のコスプレした女優でAVが出た時かしらね」

「……え?」


 ユチカは伝票に領収書を糊付けしていた手を思わず止めてしまった。
 俯いて掃除をしていた峰田は輝く表情でパッと顔をあげ、ユチカのそばにいた事務員はMt.レディを嗜めた。
 だがソファに寝そべるMt.レディは事も無げに天井を見つめたまま話し続けた。


「アンタも知っておいた方がいいわよ。女でヒーローっていうと、そういう目で見てくる市民がいて当たり前になるんだから」

「当たり前、っていうのは」

「性的な目で見られるって事」


 峰田が食いつきたそうな顔をしていたが、事務員が「Mt.レディ、子供にはまだ早いですよ」と止める。


「職場体験よ? 学校で教えてくれないコトを知るために来ているんだから、子供だからって本気でヒーロー目指してるのに、現実は見せないっておかしいでしょ」


 事務員はううん、と唸ってまたPC作業に戻った。


「だから私のヒーロー名をぼかしたタイトルのついたAVが出たって時は『私売れた!』って思ったわ」

「……そ、それは、」


 ユチカは懸命に言葉を選んだ。それはもう、豊かではない想像力を働かせて絞り出す。


「誰が何のために……」


 と、全てを言い切る前にユチカは自分が愚問を吐いたことに気づいて、言うのをやめた。
 峰田が意気揚々と答えようとしたのを遮って、Mt.レディは「そんなの何だっていいのよ」と言い切る。


「誰が何のためになんて、どうだっていいのよ。私の偽物が画面の中でどうなっていようと、結局は本物の私に敵いっこないんだから」

「……」


 Mt.レディは完全に開き直った様子だったが、ユチカは言葉を失くしてしまった。相当ショックだったらしい。
 もしいつか自分が、将来女子のクラスメイトたちが、と想像すると微かに吐き気を感じた。
 事務員がユチカの手から糊と領収書をそっと引き抜いて、伝票に貼り付ける。


「Mt.レディの話は極端だけどね、普通はメディアの取材が多くなったとか、収入が増えたとかで実感するものだよ。露出が少ないヒーローでも、ファンレターの数とか。あ、でも一番に分かりやすいのはヒーロービルボードチャートかなぁ」


 数字に出るからね、と事務員は糊の蓋を締める。
 Mt.レディは茫然としているユチカを呆れた顔で見た。


「それこそ、アンタんところのボスに聞けばいいじゃない」

「あー…、金剛先生は、そういうの気にしない人なので…」

「……でしょうね!」


 Mt.レディはやっかみで自棄になりながらそう返した。








※Mt.レディのAVの話は、ファ◯ストサマーウイカのインタビューをオマージュしています。

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