体育祭当日

 体育祭当日のHR、教室最後列窓際が空席になっていることを気にかける1Aクラスメイトは、担任の入室を待ちつつ前後左右の席でお喋りをしていた。


「緑谷、六咲さんまだきてないけど連絡とか入ってないの?」


 耳郎が聞いてくるので、緑谷はスマホをもう三十秒に一回は見ているのに加えて、また通知を確認した。


「それが全くなんだ…。こっちからメッセージも入れてるんだけど、既読にならなくて……」


 それを後ろで聞いていた峰田が「まさか先手を打ってライバル潰しに…?」と囁いた。
 耳聡い障子が「学内でそれはまずいが、通学中の事故とかでなければいいな」と言う。


「そ、それはないんじゃないかな」


 ユチカの登下校の送迎は叔父のヒーロー事務所のサイドキックたちだ。もし、何かあったとしてもある程度のことなら、ユチカは大丈夫なはず。

 ざわついていた教室が、ドアが開いた瞬間静まり返った。
 いつもと違う、体育祭であり、クラスメイトが一人不在のHRが始まる。


「先に伝えておくが、六咲は忌引きだ。親族に不幸があったらしい」


 昨日の内に通夜が済んで、今日は葬儀だそうだ、と相澤はクリップボードを片手に話を続けようとするが、上鳴が「体育祭当日にタイミングがなんつーか」と言ってそれを皮切りに他の生徒たちも口を開いた。
 相澤が睨みを効かせながら「それでだ」というと、また教室はぴたりと行儀良く全員前を向いて姿勢を正す。


「ヒーローになる以上、誰かの死の影は常に身近にある。それは守るべき市民であったり、自分自身であったり。重要な任務の最中に、親の死に目に会えないなんてことはザラにある。今お前たちはヒーロー未満に過ぎないが……今から“その時”について、帰ったら家族と話し合っておけ」


 生徒たちが向き合うものの大きさを感じているところで、相澤は淡々とHRを続ける。


「というわけで今日は体育祭なわけだが、昨日のHRで説明した内容に変更があったので伝える。まず、入場だがーーーーーーー」





 賑わいの彼方に、世界から切り取られたような静けさに包まれた場所がある。
 ユチカはそこにいた。黒いワンピースに身を包み、派手な色の髪はまとめてベールで隠す。

 蝋燭から線香の先へ火をもらい、手で仰いで灯火を消し、立ち登る煙に導いてもらえるようにとゆっくりと線香をあげた。

 両手を合わせ、目を閉じる。安らかな眠りを願う。





 体育祭午後、最終種目の前にレクリエーションが開催された。
 レクリエーションに参加していて人のまばらな1Aのスタンド席に、先日教室までユチカに宣戦布告をしにきた塩崎がやってきた。


「あの、六咲ユチカさんはいらっしゃいますか?」

「おー、この間の!」


 その声に気がづいたのは切島だ。切島は次の種目に参加する前に、タオルと飲み物を取りに来たのだ。


「六咲な、今日忌引きなんだ…、身内に不幸があったとかで」

「まぁ……」


 塩崎は沈痛な面持ちで胸に両手を胸の前で組んだ。


「まさか人生の分岐点ともなり得る体育祭と、大切な方との別れが同じ日になってしまうなんて……」

「うん…、六咲も多分、残念だと思うぜ」

「そうですよね、……教えてくださり、ありがとうございます」

「いいって! し、お崎さんだっけ? 最終種目出るんだったよな! お互いがんばろーな!」

「はい! 私、六咲さんの分まで頑張ります…!」






 初夏の晴天に聳え立つ煙突の先から、噴き出す煙は霧散してどこへでも飛んでいく。
 ユチカは、死んだら土に還るものと思っていたが、先に大気中へと散らばっていくのだろうとぼんやり考えた。

 自分たちがどのような進化という名の変貌を遂げたところで、行きつく先は皆同じはずだと思うと、少し安心する。
 行き着いた先のことまではわからないが、ユチカが子供の頃から教わってきたように自分たちは等しく一つの命が授けられそして誰しもが同じ終わりを迎える。

 ユチカは生きていく中でまた一つ、終わりを見届けた。

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