春高一次予選後

 春高の宮城県代表決定戦一次予選を通過した烏野高校バレーボール部は、夏休みも明けてつかぬまの高校生らしい日常を取り戻していた。

 ある休日の練習の終わりに、いつもは自主練に付き合う楓が慌てて帰り支度をしていた。
 本日、地元の祭りが開催されるのだが、新浜酒店も酒類を含む飲料を販売する目的で出店するのである。楓はその手伝いだ。
 予め烏養監督にも顧問の武田先生にも話は通してある。もちろん部員たちにもだ。そも、烏養も祭りに出店するため、今日の自主練は武田に任せているので既に姿はなかった。
 それ程に、祭りの季節は稼ぎ時なのである。


「お先に失礼しますー!」

「「「「「おつかれっしたー!」」」」」


 楓はぶんと風切音が鳴るほどの勢いで頭を下げて、自宅までダッシュして帰った。
 家の中は真っ暗で、飼い犬が尻尾を振って出迎え、猫が餌を催促してくる。時間でいえば既に祭りは始まっていて、祖父母はもう祭り会場になっている神社にいる頃だろう。
 この後、祖母が迎えにきてくれることになっていて、楓は大急ぎで洗濯物をカゴに入れ、犬猫のご飯を用意しシャワーを浴びた。

 シャワーから出るのと同時に祖母が帰ってきた様で、バスタオルで身体を拭きながら「おかえりー!」と声をかける。
 毛先は濡れてしまっているが放っておけば乾くだろう。あとは下着をつけてシャツを着て…、あ、新しい下着もシャツも用意してない。

 楓は祖母に叱られるのを覚悟で、バスタオル一枚を体に巻きつけ脱衣所を出た。
 出会い頭に早速祖母と出会してしまう。


「着替え用意するの忘れた!」
「丁度いいわ、着物用の下着出してあげるからそれにしなさい」


 叱られる前に言い訳をしたが、それにかぶせるように祖母が言うので、楓は待っている間麦茶を飲んだ。


「楓楓、早くこっち!」


 祖母に急かされて居間に戻ると、ちゃぶ台の上に浴衣が用意されていた。


「えっ、今日浴衣なの?」

「早くこれ着けて」


 楓は従って着物用の下着を着けつつも「動きにくいじゃん」「出店の手伝いするんだよね?」と質問を投げかける。


「いーから! じじばばしかいない出店より浴衣の女の子がいる出店のが売り上げ上がっから! 男ってのはそういうもんなの!」


 楓は、最後のは余計なんじゃ、と思いながら祖母が広げた浴衣に袖を通す。とてつもない早技で着付けられると、楓はビールを車の後ろに積むよう言われた。


「やっぱり動きづらいじゃん!」

「いいから! 売切御免で今日は在庫空になればいいの!」


 全然話が噛み合わない、楓はこんなに慌てた祖母を見るのは初めてだった。
 ビールにジュース、水や氷を積んで向かった祭り会場で、楓は祖父の姿を見て少しだけホッとした。
 荷下ろしをして車を駐車場へと向かった祖母を見送り、楓は接客の合間に祖父に尋ねた。


「ねぇ、おばあちゃんなんかめっちゃ焦ってたの。何かあった?」

「あー、そりゃあ……」


 話によると、明後日の定休日に納品があるのだが、今回の納品分、どうも0一つ多く付けて発注してしまったらしく。


「嘘でしょ!?」

「いやそれが本当なもんでよ」

「だから在庫空にするって言ってたんだ…」


 楓は、倉庫だけでなく居間まで酒瓶で埋まるのを想像してゾッとした。高く積み上げられたケースを想像すると、圧迫感で気が滅入りそうである。


「…気合入れる。ちょっと下がっていい?」

「おう」


 楓は売り場から少し離れると、風呂上がりでまとめただけだった髪の毛をそれっぽく(浴衣に合う)なるように手早く整え直した。
 丁度祖母が戻ってきて、楓を見るなり「コレ着けなさい」とエプロンのポケットに入れていた装飾の付いたコームを楓の髪に挿した。
 正直、デザインが年齢層高めで好みでなかったが、ちょっとでも見栄えが良くなるならそれで良かった。


「よしっ、可愛い!」

「ありがとう! めっちゃ売るから!」


 楓は店頭に立って呼び込みをした。
 冷たいビール、サワー、コーラにオレンジジュース、冷えひえの飲み物揃ってます!
 そんな声に呼び寄せられて、喉を潤したい参加者が足を止める。
 加えて若い女の子の浴衣姿に、つられて寄ってくる男性陣。


「熱中症対策にスポーツドリンク! お水もご用意ありまーす!」


 子供を連れた親が、それに気付いて動き回る我が子を捕まえると「たーくんジュース! ジュースのもっか!」と、ジュースという体でスポーツドリンクを求めて並ぶ。
 楓は列を整えながら呼び込みを続けた。

 ふと、賑やかさが途切れた気がして振り返ると人がきから頭一つ飛び抜けた集団がゾロゾロとやってきた。
 楓は、その集団を知っている。


 だ、伊達工バレー部…!


 楓は、なんでいるんだ、とは思いつつも、ここは伊達工業高校からほど近く、来ない理由があるとしたら部活くらいなものだと思い至った。
 余裕じゃないか伊達工、と楓は思っていたが、その実彼らは商業科の先輩が授業の一環で教員同伴のもと出店を出していると聞き、練習を切り上げ面白半分で見にきていたのだ。


「楓、じいちゃんトイレ行くからこっち入って」

「! はぁい」


 伊達工のバレー部は、きっと楓が烏野高校バレー部のマネージャーだと気づかないだろう。
 楓はベンチには入らないし、伊達工との接点もない。
 このまま通り過ぎて行ってくれれば、気まずさなんて微塵も


「青根? あ、飲み物」


 なんでうちのところ並ぶんだ他にも飲み物売ってる出店あっただろう。
 楓は途中まで数えたお釣りをもう一度数え直しながら、首の後ろに変な汗が伝うのを感じた。

 並んでいた青根が楓の前に立つと、身長のせいで暖簾から顔が隠れてしまった。青根は屈んでスポーツドリンクを指差す。


「ふたつ」


 伊達工業高校、背番号1、ミドルブロッカー青根くん…。

 こんな時でも相手のデータが出てきてしまうなんて、と楓はなんともいえない気持ちになった。
 青根は楓に小銭を渡し、スポーツドリンク2本を氷水の中から取り出すと楓に背中を向ける。


「ありがとうございましたー!」


 去り際に二口が氷水の中に指先を入れて「冷てー!」と笑った。


「烏野バレー部のマネージャーっしょ? 何してんの?」


 伊達工業高校、背番号2、ウィングスパイカー二口くん…!!


「い、家の手伝いです」

「あ、そう」


 気づかれないだろうと思っていたのに、急に相手に認識された途端全身に緊張が走った。
 家の手伝いとはいえ、みんなが春高に向けて練習している最中にお祭りで浴衣姿だなんていたたまれない気持ちが微塵もないわけではない。
 二口だって楓の浴衣姿を頭のてっぺんから足の先までしっかり見ているのだ。


「へぇ、浴衣似合ってんじゃん」

「あ、ありがとうございます」


 軽い、どうして話したこともない人にそんなことが言えるのか。
 楓が笑いつつも表情を引きつらせていると、二口の背後から大きな手がにゅっと現れて二口の身体を引っ張っていった。青根だ。


「わぁー! 違うって青根! 烏野のマネージャーが……」


 遠ざかる二口の声に、青根くんって本当に力強いんだな、と楓は思った。


 その後、松川の祖母を車椅子にのせた松川母と遭遇したり、烏養監督が飲み物を買いに来るついでに焼きそばを差し入れしてくれたりなどいろいろあって祭りは終了の時刻となった。

 打ち上げ花火も盆踊りもないが、神社の本殿が開かれたというささやかな祭りは、夏の終わりに地域の人たちの思い出となった。


 ちなみに新浜酒店の売り上げはというと、好調ではあったが在庫を空にするまでには至らず、結局仕入れた在庫の一部を居間に積み上げることになってしまった。
 猫の良い遊び場になり、やがて長引く夏のお陰で酒瓶の入ったケースは姿を消していくこととなった。

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