月曜日


 翌の月曜日、バレー部が珍しく放課後の部活が休みということで、楓は友達とバスに乗り大型のショッピングモールへと遊びに向かった。

 夕方のショッピングモールは楓たちの様な高校生や大学生で賑わかしく、普段部活ばかりの楓にとって新鮮だった。
 楓が一人で「こんなにたくさん人がいるんだねぇ!」と嬉しそうに言うと、友達が「おのぼりさんか」と宥めた。

 まず友達お目当ての『夏らしいワンピース』探しをしがてら、軽音部の友達は楽器店へ、楓はスポーツショップへと足を向けた。

 楓は滅多に友達と洋服を買いに行かないので、流行などさっぱりであったが、あの色が似合う、こっちのが可愛い、あの変なの何? とお喋りするだけで楽しかった。

 軽音部の友達はずらりと並んだギターの前でにやにやしたまま動かなくなり、その間楓は電子ピアノで遊んでいた。

 それからスポーツショップに足を向けて、ざっとバレー用品や栄養補助食品の新作と相場を見ると、楓はランナー用の備品が揃った棚で足を止めた。
 友達はこの時点で既に飽きており、隣にオーガニック化粧品を扱った店舗があるのでそこにいる、と楓に告げると行ってしまった。

 最近のランナー向け商品は充実している、というよりおしゃれだ。
 楓はカラフルなシャツやパンツ、靴やキャップを見ながら思う。
 走るだけなら機能性を重視する楓にとって目から鱗だ。
 ご近所さんや、祖父の知り合いから貰ったシャツならいくらでもあるが、殆どが綿素材で汗を吸うと重くなる。
 楓は速乾性があるものに興味を示していた。だが値段が張る。

 ふむ…、とため息交じりに声を漏らすと同時に、楓は名前を呼ばれた。

 一緒に来た友達の声ではない。

 楓がきょときょとと左右を確認するも声の主が見当たらない。


「楓ちゃん、こっち」


 と、呼ばれて顔を向ければ、松川が反対側の棚から顔をひょっこり出していた。


「松川先輩!」

「久しぶりじゃん」


 なにしてんの、と声をかける間もなく楓はぐるりと棚を回って松川のいる棚へ移動した。
 すると、松川の足元で別の青葉城西高校の生徒がしゃがみ込んでいた。

 てっきり松川一人と思っていた楓は驚いて歩みを止める。
 楓に気づいたその人物も松川の隣に立ち上がると、松川と同じように長身だった。


「あれ、どっかで見たことある」

「烏野のマネージャー。ほら、及川が声かけてた」

「うぉ! あれか!」

「あれとかゆーな」


 松川は軽く花巻の頭にチョップした。


「てか松川知り合いなら何であの時声かけなかったの?」

「んー、なんていうか」


 それはもう去年からの暗黙の了解のようになっているので、楓にもはっきりとした理由は分からない。
 ただ去年の春高予選で、体育館ですれ違った時に楓が声をかけようとして、松川が唇に指を当てて『ナイショ』の仕草をしてから楓も公式戦の場所では話しかけないようにしていたのである。

 それに烏野高校バレー部は先日、インターハイ予選で青葉城西高校には打ち破られており……、とそこまで考えて楓はハッとした。
 松川はそんな楓にちょっと笑いかけた。


「一応さ、バレー部じゃ敵同士なわけじゃん? 選手同士仲良しってならまぁライバル的な意味で通じるけど、別々の高校のバレー部の、選手とマネージャーってなんか変な目で見られんじゃん。
 まぁ及川みたいのならまだしも」


 花巻は「及川みたいのならまだしも」という所で吹き出し笑いをした。


「確かに。お前そういうキャラじゃねーもん……えっ、ってことは、あれ? 二人って」

「なに」

「?」

「付き合ってんの?」

「いや付き合ってはねーけど」


 という松川の返事に合わせて楓も顔を横に振った。


「付き合ってんのとか、そういう勘ぐられ方されんのが嫌で公式戦じゃ話しないようにしてたの。ね?」


 楓は松川に同意を求められてぶんぶんと首を縦に振った。
 今初めて知った事実だが、これで楓は色々と合点がいった。


「だから他の連中にはナイショな」


 そう松川が言うと、花巻がにやにやとして腕を組んだ。


「えー、どうしよっかなー」

「どうしよっかなってお前……」

「及川あたりに言ったらちょーおもしろそうじゃん」


 花巻がケタケタと笑うと、表情の変わりにくい松川が思い切り顔をしかめた。


「及川はマジやめろ、面倒くせぇからアイツ」

「ふーん……。じゃあ、シュトレーズの新作レモンシュークリームで手を打つけど?」

「…ったくお前は……」


 溜め息を吐く松川に、楓は思わず「すみません」と謝った。


「え、なんで謝んの」

「私がこっちの棚来ちゃったから…」

「いや声かけたの俺だしいーよ、気にしなくて」


 と、松川は花巻が目を疑うほど優しい顔をして楓に笑いかける。


「公式戦じゃ声かけられなかったしさ、元気そうでよかったわ」

「あっ、はい、ありがとうございます」

「ばーちゃんも元気だから、偶に遊びに行ってやってよ」

「はい、ぜひ」


 松川は、朗らかに微笑む楓の向こうに、さっきから声をかけようかかけまいか様子を窺っている女子高生二人に気付いていた。
 楓と同じ制服を着ているので、烏野高校の友達に違いない。


「ほら、友達来てるよ」


 松川は楓を振り返らせると、友達がそろそろと楓に歩み寄ってきた。


「じゃ、俺ら行くわ。またね」

「楓ちゃんまたね〜」


 さっと手を上げて背中を向ける松川と、手をひらひらとさせて愛想を振りまく花巻を見送り、楓は友達に向き直った。

 ゴメンねお待たせして、という謝罪は、友達の「今の誰!」「背ぇでっか! バレー部!?」という声にかき消された。









「お前女子にあんな優しかったっけ?」


 スポーツショップを出てから二人は洋菓子店のある一階のフロアまで歩いていた。

 それまで烏野の眼鏡のマネージャーが美人だという話をしていた花巻が、唐突に松川に問いかける。


「……いや普通だと思うけど」

「いーや、お前普段クラスのうっさい女子を見るときどんな目してるか気付いてるか?」

「いや?」

「食い終わったコンビニ弁当入れた袋を見る目だよ」

「それってゴミじゃん」

「その通り!」


 そんな、女子をゴミだと認識した覚えはないし、楓に対して特別優しくしようと思った事はない筈だ、と松川は考える。


「さーって愛しのシュークリームちゃんはもうすぐですよ〜」

「はいはい」

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