「お待たせいたしましたあ。
豚バラ、つくね、鳥塩ダレ2人前お持ち致しましたあ」

間の抜けた様な女の子の声で我に還った。同時に料理が目の前に並べられる。

「あっ こっち!」
カラシの攻防から解放された世良が、元気に手をあげた。

「おい、てめ!それ俺らが頼んだんだろうが!」
勝手に自分のもんにすんじゃねえ、とクロ。

「え、そうですっけ?まあいいじゃないスか。一緒に食べましょうよー」

「…世良あ…お前マジでコロス!!」

「ははは。すまんスギ、俺達料理頼むの忘れてたみたいだ。
クロ、悪いが少し世良に分けてやってくれ」

「ドリさん、こいつ甘やかすと付け上がるだけっスよ!!」

分けてやるのはいいが態度が気に食わないと嘆くクロの横で、世良は何食わぬ顔でビールを呑み続けていた。
呑み過ぎだなこれは。

「はは、そうかもな。…すみません、豚バラと鳥2人前追加で」
女の子はドリさんからの追加を聞いてまた厨房へと消えた。

「ったく、お前本当に先輩に気を遣えよ、いいか?…」

クロは、アルコールで弛緩した顔で呑み食いをする世良に、呑みながら説教を始めた。
この世良の様子じゃ、馬耳東風だろうな。
そんな二人をぼうっと見る。



「俺はな、杉江」

いつもよりトーンが低いドリさんの声に緊張する。
さっきの俺の発言を言っていると解り、反射的に背筋が伸びた。
「…は、い」
喉からは切々の声が出て変な返事になってしまった。
息をつき、今度はちゃんとドリさんの顔を見る。
向こうは手の中のビールジョッキに視線を向けたまま、予想より穏やかな表情をしていた。

「自分に正直なのは、悪いことじゃないと思う」

ゆっくりと届く明確な言葉に、俺は心底安心した。
俺がクロに友人以上の好意を持っているという事実をドリさんは自然に受け止めてくれたのだ。
心のどこかでドリさんならこう言ってくれそうだと思っていた。
同時に、やっぱりドリさんには分かるのかとも思って舌を巻く。

「でもな、ウチにそんな勘繰り入れる鋭さと神経質さ持ってるヤツも少ないと思うから、心配ないと思うが…。
まあ、こういうのは見るヤツが見れば分かるから、公にしたくなら、気を付けた方がいいかもな」

ドリさんはそう言い、特に達海さんとかバレたら面倒臭そうだしな、と笑いながらつくねに手を伸ばす。

「確かに。何かあるとそれネタにして揺すられそうですよね」容易く想像できるから質が悪い。

「な。あの人に弱味知られたら色々苦労するの見えるだろ」

二人してこの場に居ない若手監督に暴言を吐いて苦笑いする。


「なあに二人してにやにやしてんだよごらあ!」
隣から袖を引っ張られ、見るとクロが見事に出来上がっていた。
「クロ、よく今の短時間で酔ったな…」
「世良が話聞かねえからよぉ。呑まねぇでやってられっか。
おいスギ!お前も呑め!!」

頬が少し赤くなったクロが俺のジョッキをぐいぐいと押し付けてくる。

「はいはい、分かったよ」
ぐい、と飲んだビールは少し温くなっていた。
気にせず一気に最後まで飲み干すと、クロが、

「おー 勇作ちゃん男前ー!」
と茶化してくる。
横目で見るぎゃははと笑う赤い顔がまた可愛いなとか思っている自分が少し恥ずかしくなる。


「杉江」
抑えた声でドリさんに呼ばれた。
「なんですか?」
見るといつもの落ち着いた表情が見る影なく、にやにやと何か言いたげに意地悪く笑うドリさんがいた。

これは、完っ全にからかわれている。
この人どんだけ人の心読むんだと少し怖い。

「やめて下さいよ…自分でも、顔に出ないようにするので精一杯なんですよ」

「解るぞ。…こういうのは想う側の方が確実に損だよな」

うんうんとふざけて大袈裟に頷く動作に反して、言葉には真剣に力が籠っていた。
そこは大人の男だし、経験が物語っているのだろう。


「ドリさん、呑みましょうよー!!俺全然ドリさんと話してねぇし!!」

今度は世良が席を立ってドリさんの肩をばしばし叩きにきた。
「世良、お前あんま呑むとほっぽって置いて帰るからな」
ドリさんは、ほら、ちゃんと立てよ、と今にも崩れ落ちそうな世良の腕を引っ張る。
世良は強引に立たせないと自力で立つのももう無理なくらい酔っていた。


心なしか そんな世良の面倒を見ているドリさんがいきいきしていたと思うのは俺の勘違いだろうか。



焼き鳥屋は最早酔っ払いで満員の天国のようだ。
笑い声、叫び声等々、居酒屋の喧騒は些細な物事を消すのに打ってつけだ。
俺はなんだか色々考えることが嫌になってきて、今はとにかく、気持ちよくクロの隣で呑んでおこうと思った。



オフ1日目の夜は、まだ長い。



(了)





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