「世良、まだ呑んでもないのに…すごいなお前」
ドリさんはまあ落ち着けよ、と静かに笑い、ちょうど傍を通った店員にビールを2つ、と世良と自分のオーダーを告げる。
「あ、すんませんした!」
途端世良が大人しくなる。
流石ドリさん。口調は優しいのに、どこか重圧を感じて逆らえない。
「でもまぁ、元々俺とスギとクロで来てた店だしな。会わないこともないか」
「はい。最近はドリさんとも、あまり来てなかったですけど、クロが食いたいって」
俺がいきさつを話す。
「なんか無性に食いたくなったんスよ久々に!」
厨房で焼ける肉類に思いを馳せてるんだろう、若干遠くを見つめながらドリさんに返すクロ。
「しっかし本当にお前らは仲良いなぁ」
ドリさんがしみじみと俺とクロを見つめている。
「あ?そうすっか?」
よくわからん、と眉を潜めるクロ。
「なんかもう、クロさんにはスギさんっていうか…二人で1セット的な?」
ハハ、一言余計だぞ世良。
「どういう意味だよ!」
ほら、つっかかった。
「ははは…」
でも確かにそう思われても仕方ない。クロには悪いけど、周りから見たら、いい世話係みたいに見えるんだろう。
まあ、どう思われようが別に構わないけど。
「クロさんが一方的にスギさんに面倒見られてる感じっスけどねぇ」
世良…。それは今俺もそう思ったけど、それを言うとコイツ更にうるさいぞ、きっと。
「世良お前、いっぺんあの世見てくるか?」
予想通りクロの目付きがマジになる。異様にギラギラと輝く眼。これは完璧にキレている眼だ。
「ぎゃっ!?ちょ、なにすんスか!?」
「てめぇはカラシでも鼻に詰めときゃいいんだよ!!おらおらおらおらぁ!!」
最早周囲の眼は完全無視。
クロはカウンターにあった薬味用のチューブ入りのカラシを握り、世良をがっちり脇に固めたまま、チューブを顔へと近づけている。
言葉通り、鼻にカラシを入れるつもりらしい。
「ちょ、マジ!?それ劇物ですって!…ぎゃああああやめてえっ」
自分で蒔いた種だ。甘んじて受けろよ、世良。
幸い、店内は出来上がったお客も多く、二人が騒ぐ声はその雑音に紛れ、下手に目立つことはないみたいだった。
そんな騒ぐふたりにびくびくしながら、オーダーをした女の子が生ビール4つと和風サラダを持ってきてくれた。
取り込み中の2人は放っておいて、俺はドリさんと2人でちゃっかり乾杯する。
一口呑むと冷たいビールが空腹に沁みる。
「冗談置いといて、いつもクロと一緒だと、お前、疲れる時あるんじゃないのか?」
まだギャーギャー騒ぐクロの方をやれやれと伺い見て、ドリさんがふぅと溜め息をつく。
完全に大変じゃないとは言えない。でも、多分ドリさんが思っているほどストレスを感じるばかりではない。
「…俺、クロと一緒だと一番俺らしいと思える気がするんですよね」
同い年で、サッカー選手で、同じポジションなのに、こんなに性格も体格も違う。
俺が持ってないものをクロが持っていて、クロが持ってないものを、俺が持っている。
そんな俺達だったから、ここまで長い付き合いなんだろうと思う。
サッカーに限らず何かしらに対して熱くて、上下関係にうるさくて、意外と気を遣えるヤツだけど、自分の体調管理にはズボラだ。
だから見ててやらないと、っていう気になる。放っておけなくて、気づくと、一緒にいる時間の方が多い。
というか、クロが俺を横に居させてくれるから俺はそれに甘えているんだろう。
それに俺は、クロと一緒にCBとして試合に出たい。
同時にクロの横に居続けたいとも思うし。出来れば、ずっと。
気がつくとドリさんにそんなことを長々と喋っていた。
自分でも語りすぎて気持ち悪い。そろそろ止めないとドリさんに呆れられるんじゃないかと思い、この話を終わらそうとしたら、幸か不幸かこのタイミングで気付いた事が、ひとつ。
それは、最近俺の中で少しずつ、大きくなった感情だ。
自分でも気づかないうちに蓄積されたそれは、きっと今、俺の中でキャパ一杯になったんだろう。
この感情は、気を抜くとすぐ口から零れ出る恐れがあるくらいには、デカい。
(俺酔ってるし。これ言ったら色々とおしまいだ。こんなこと、死んでも言えない。)
そう思って自分の口を閉じたつもりだった。
しかし、空腹でのアルコール摂取が祟ったのか、俺の口はいとも容易く脳からの伝達を無視して、はっきり声を発していた。
「俺、クロの事好きです。」
自分の声が自分の物じゃないみたいだった。
耳に届いた自分の声にこんなにも血の気が引く事があるのか、と頭は自棄に冷静に働いていた。
同時に、襲う後悔の嵐。
何故今言った俺…!
「………」
ドリさんが何も言わないから、俺はその間ずっと頭の中で悶々と考えるしかない。
何でこのタイミングで言ったのか。
ほぼ無意識じゃなかったか。
というか、ただ好きって言っただけで、まさか友人として以外に好きだと解釈される訳がない。いくらドリさんでもそこまで鋭くはないだろう。
でもドリさんには解ってしまったんじゃないか。
沈黙が続けば続くほど、俺が言った「好き」の意味を真意に近づけている気がしてくる。
もうドリさんの顔がまともに見れなくて、俺はカウンターへ額をつける様に項垂れた。
ああ、言ってしまった。
なんで言った俺。
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