丹波、堀田、石神が黒田と杉江を呑みに誘い、男5人で店に居座り続け、飲み食いをすること3時間程。
杉江が、隣に座る黒田を見ると首筋から耳のあたりまでほんのりと桃色に色づいていた。
普段はここまで酔う前に寝てしまう黒田だから、これは由々しき事態だと杉江の脳は瞬時に判断し即座にできるだけ角の立たない言い方で、もうそろそろ帰りたいと3人に意思を伝える。
すると丹波が、俺らは次の店に行くから、と意外にあっさりとその場をお開きにしてくれた。
勘定まで二人分を含めてしっかり払った後、半ば千鳥足の堀田を丹波と石神が両脇から引き摺る形で、男3人は夜の街へと消えた。

未だに店のレジ前で立ち尽くす杉江の眼に自動ドアのガラス越しに3人の後ろ姿が映る。
杉江は珍しく引き止めない彼らに、少し違和感を感じた。

「あの…お客様、お連れ様は大丈夫でしょうか?」
女の声にハッとして声のした方へと顔を向ける。
見ると若い女の店員が、杉江の肩に回した腕で辛うじてひっかかっている体勢の黒田を心配そうに見ていた。
黒田は寝ているようで瞼を閉じて少し息荒く呼吸をしている。
相変わらず首筋と耳、それに頬あたりが赤い。

「あ、大丈夫です。すみません、タクシー1台お願いできますか」

酔っ払いを置いていくわけもいかないので、黒田の部屋まで連れて帰ることにする。
タクシーの手配を告げると、女の店員は返事を返しレジカウンターの中で電話をかけ始めた。
少し肩から落ちそうになっている黒田の腕を抱え上げる。
「…スギ、いてぇ」
抱え直したところで、眠そうな声が聞こえてきた。
「人に担がれててよく言うよ…起きてるなら自分で歩けよ」
笑いつつ言えば、少し開いた目で黒田が見上げてくる。
「あ…?あんで?」
「なんでって、まだ寝るのか?」
「…いんや…」
半分寝言と化しているような発言を繰り返す黒田。
呂律に切れがなく、言っていることも支離滅裂で、辛うじて細く開けた目が今にも再び閉じられそうだ。
そんな様子で否定する割には覚醒する気配など感じられない。
杉江はため息とともに苦笑して黒田の抱えている方の手をぺちりと叩いた。
「わかったよ。ちゃんと連れて帰るから寝てろよ」
黒田は、本当に分かったのか怪しいながらも、その言葉に一度こくんと頷いて杉江の鎖骨辺りに頭を預けた。
暫くして寝息が聞こえ始めた。
暫くすると、自動ドア越しに店の前の道に停車するタクシーが見えた。
「あ、来られたみたいです」
カウンターの女性店員が杉江にタクシーの到着を告げた。




***




 タクシーはマンションの前で降りた。
ここから徒歩で帰ることも出来るから、杉江はタクシーを引き留めない。
それに無理に帰らなくとも、今夜は黒田の部屋に泊めてもらう手だってあるのだ。
普段から両方の部屋を行ったり来たりすることが多い二人だ。
最近は週の大半は一緒にいる。
こんなことなら二人で同じ部屋で生活した方がいいのではと、いっそ黒田に持ちかけてみようかと杉江はひそかに思い始めていた。
 タクシーから降りても相変わらず寝ている黒田を、今までと同じく、一方的に肩を組む状態で運ぶ。エレベーターまでの距離を運ばれる間にも、「さみい」とか「うーん」という言葉や呻きが肩口から聞こえた。
 部屋がある階に着き、エレベーターを降りる。
通路に面した廊下から夜空が見えた。
月は出ていない。
星も見えない。
地上から延びるネオンの光が闇を照らしている。
タクシーの中で流れるラジオのニュースで、今夜は新月だと言っていたことを思い出す。
杉江は、都会の夜に新月もなにもないだろうと一人で少し笑った後、黒田の様子を窺うため、少し厳つい卵型の頭へ顔を近づけた。
身長差と傾げられた首の所為で見えにくいが、黒田の両目はしっかりと閉じられている。
黒田はまつ毛が意外にも長い。
いつだったか、それを本人に向かい可愛いと言った事があった。そのあと数時間は不機嫌極まりなく、本人はまつ毛が長い事をあまり良しと思っていないようだ。それから2、3日は、目を見つめる時間が少しでも長い事があれば大抵「なに見てんだ馬鹿」と臍を曲げてしまうから苦労した杉江だった。
 しかし今は鬼の居ぬ間に十分に眺めることができたと内心ほくそ笑みながら、同じドアがいくつも並ぶ廊下を歩き、黒田の表札の前に行き着いた。
「クロ、部屋着いたよ。鍵どこ?」
少し肩をゆすって目を覚まさせ、家主に鍵の在りかを尋ねる。
揺れでぐらりと傾いた衝撃で起きた黒田は、少し充血した目で杉江を見てくる。
相変わらず首と顔は赤いが、今度はしっかりと意識を取り戻した。
「あ?…へや?」
「そうだよ。連れて帰るって言っただろ」
「…そうだっけか」
黒いニット帽を被った頭をがしがしとしきりに掻いて思い出そうとする。
しかしアルコールが行き届いた脳の記憶は曖昧だったようで、簡単には思い出せないらしい。眉間に少し皺を寄せて考えた後、ふっ切ったように杉江に顔を向けた。
「まあいいか。サンキュ、スギ」
言いながら杉江の肩から腕を外すと、まだ少しふらつく足で立つ。ジーンズのポケットを探り、鍵を開けようとドアに向かう。
「今日どーせ帰んねえんだろー」
がちゃがちゃと鍵と格闘しながら背後に立つ杉江に投げかける。
「ああ、どっちでもいいかなって思ったんだけど」
平然と答える杉江。
がちゃりと鍵の開いた音とともに、黒田が振り返った。
上がった眉と眉間の皺が露骨に不機嫌さを伝えている。
まるで試合中に見せる敵への挑発のごとく睨みだった。
凄みが感じられないのは、その頬が依然として赤いからだが。
「…ほーう…ふーんへー」
そして脈略もなく杉江を責めるような声。
よく見たら黒田の目がすわっていた。
いつもの黒田ではない雰囲気に押されて、杉江は思わず一歩後ずさる。
「な、なんだよ」
「なんでもねえよ」
しかし次の瞬間には何事もなかったように、開いたドアをくぐり部屋に入っていく。
内心、何だかやりにくいなと思いつつ、杉江も続いて部屋に入った。
「あー飲んだ飲んだ。やっぱ酒だなッ」
リビングへ向かいながら上機嫌に声をあげる黒田を見ながら、明らかに飲みすぎだ、早めに帰りついて良かったと杉江は胸をなで下ろした。
先を行く後ろ姿に念のため釘を刺しておく。
「クロ、あんまり大きい声出すなよ。苦情くるぞ」
「あいあい」
後ろ姿がひらひらと手を振り、忠告は軽くあしらわれた。
こんなに酔っている黒田を見るのは久しぶりで、さてどう対処したものかと思案していると、突然部屋の奥からどすっという鈍い音がした。
何だなんだと廊下を抜けると、リビングにある大き目のソファベッドに黒田が大の字にうつぶせで倒れていた。
「…なにやってんのクロ」
「ハッハー!ダイブ!!」
うつぶせに倒れたまま、くるりと首だけ杉江に向けて歯を見せ笑う。まるで子供だ。
結構長い時間眠っていたから、もう酔いが醒めているかと思えば、どうやらここからが本領発揮と言ったところのようだ。
(丹さん達、こうなることを分かってたのか)
杉江は心の中でベテラン3人を恨んだ。
去り際が潔かったのもこうなる事を予測済みだったのだろう。
しかし今更気付いても時はすでに遅い。
荒ぶるスモールモンスターと対峙するのは、ここにいる杉江ただ一人だ。
見て見ぬふりはどうせ出来ないのだからと諦め、杉江は依然ソファに大の字に延びる黒田に近づいた。
身を屈めて顔を近づけ、酔っぱらいが理解できるようにと、ボリュームは大きめにゆっくりと声をかける。
「お楽しみの所悪いけど、ここでは寝るなよ。風邪引くし着替えも、うあッ!?」
白いソファベッドに投げ出され杉江の方へ延びていた黒田の左手が動いた。
その刹那、強い力が杉江の左手首を掴み、ソファ側へと引っ張った。
「いて」
杉江が体勢を崩してソファにひざをついて倒れる。
反射的につむった目を開け見ると、杉江の左手首を掴んでにやにやと笑う黒田がいた。
「へっ、ばーか」
自分に向けられる理不尽な罵倒も、酒のなせる業だと知っている。
弛緩した赤い顔で笑う黒田がいつもより素直な気がして、なんだか可愛いと思いながらも、杉江は黒田の体調を気遣うことを忘れない。
「クロ、大丈夫?」
「全然だいじょぶじゃねえ」
「だろうね…気分は悪くない?」
「…悪くねー」
「そう言う割にはさっきから攻撃的なんだけど。俺の気の所為?」
「気の所為だろ」
黒田は言い放つと、ふんっと鼻息荒くうつぶせの体勢から肘を付き、起き上がる。
そして杉江とのほんのちょっとの間を埋めるように近づいた。
「?」
しかし二人の距離が無くなってもなお、黒田は杉江の体に手を伸ばしてくる。
「く、クロ?」
ついに黒田が杉江の体の上に到達し、杉江の背中をソファへ預ける形で二人見つめあう。
この時、杉江は漸く自分が恐ろしい状態に置かれていることに気付いた。
近づく黒田に自然に押し倒された形で、自分の腹の上には黒田の体がのしかかっている。
目の前には酔っぱらい独特のアルコールの匂いと火照った黒田の顔。
「…しょっ、と」
まるでそれが目的だったかの如く、黒田は杉江の着るシャツを事もなげに捲り上げた。
「ま、待て待て!」
胸のあたりまで肌があらわになりそうになり、杉江は慌てて右手で阻止する。
攻防しつつ、杉江はこれも酒の所為かと確信した。
「なんだよ」
杉江の顔を覗き込む赤い頬をした黒田が、眉を寄せる。
それはいつも杉江が上から見降ろす形で見慣れている表情であって、間違っても見降ろされることはなかったはずである。
ここまであからさまに、物足りないと不服そうに見つめられることが今まであっただろうか、と杉江はこの状況下で場違いにも冷静に、過去の記憶を洗い出した。そして杉江と黒田が

恋人の関係になってからこちら、こんなに黒田が積極的に行為を求めたことはないという答えに至った。
同時に、これが酒に酔っている所為ならば、まさに据え膳と杉江の本能が囁く。
生憎ここまでお膳立てされた御馳走を、紳士的に諭して休ませることができるほど人間が出来ていないと、誰にいい訳するでもなく心の中でつぶやいた。
「クロが、してくれんの?」
杉江は本能に従順に、少し口角を上げ意地悪く笑い、尋ねる。
肩を抑え付けた黒田の両手が、一瞬びくりと驚く様に反応したが、すぐに更に強い力で抑えられた。
「…っるせ、黙ってやられとけばか!」
癪に障ったのか呂律が怪しい口調で怒鳴られた。
アルコールで赤い顔が、更に羞恥で染まったのが分かり、杉江はくすりと笑う。
「へえ、それは楽しみ」
尚も黒田を見つめていると、本人は犬のようにうううと唸りのような声を上げる。
「目ぐらい閉じとけ…っ」
消え入るような細い声で、恥ずかしいだろうが、と聞こえ、杉江はそれだけで今日部屋まで連れてきた甲斐があったと心から思う。
「はいはい」
大人しく目を閉じ黒田が動くのを待つ。
服が擦れ合う音、そしてさらに顔を近づけられる気配。
ところがそこまできて、慣れない所為か躊躇しているのか、なかなか先へは進まない。
そのうち杉江は黒田がどんな顔をしているのかと気になり、怒られるのを承知で目を開ける。
「ぶッ」
同時に、首もとに何かが落ちてくる衝撃を感じた。
何だと見ると、見慣れた坊主頭が自分の首もとにぴったりと付いておさまっていた。
「…クロ…?」
呼び掛けてみるが返事はない。
ふと、耳をすますと、すうすうと寝息が確かに聞こえた。
まさに杉江に折り重なるように倒れ、動かない上体。
「ね、寝た…?」
念のため肩を揺すってみるが深い眠りについてしまっているようだ。反応がない。
「…ちょっと、これはないんじゃないか…」
これからという時に意識を手放し、相手を放り出し眠る恋人を見つめる。
安らかに眠る酔っぱらいのまつ毛を飽きもせず観察しながら、一人ごちた。
吐かれた独り言はさみしい余韻を引きずり、部屋に消えた。
体の上に寝られ、杉江は身動きが取れずに、しかし夜はもうすぐ明けようとしていた。
(起きたら覚悟しとけよ、クロ)
安らかに眠る火照った頬がに小さく口づけを落として、杉江はソファベッドの上に完全に身を委ね、脱力した。









(おわれ)



私が絡みをかけないのでお預けにするしかなかった杉江さんごめん
正直に言おう。
後半途中で飽きt(ry





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