「クロエ、はいこれ」

練習が終わり、スギと着替えを済ませ、帰ろうとグラウンド前を歩いていた時にジーノに呼び止められた。しかも何か差し出してきやがった。
奴の手を見る。手の平大の白い箱を持っていた。
「あ?何だコレ」
中身が解らねえから受け取らないまま、俺は奴の手にある箱を見た。
正方形の箱の正面に、金色の印刷で大きく「Chloe」と書かれている。
…読み方がわかんねぇ…

「クロエ…」

「んあ?」
隣にいたスギが俺のことを呼んだのかと思い見ると、「違う違う」、と片手を振っていた。
確かにそんな呼ばれ方ジーノ以外にされたことねえ。
「これクロエっていう香水だよ、クロ」
「香水ぃ?」
普段付けねえからブランドの名前を言われても俺にはピンと来ねえ。
「さすがだね、君なら分かると思ってたんだ」
ジーノがブランドを知っていたスギを誉めた。
俺には最初から解らねえとでも言いたいのかコイツ…ッ!
確かに、何の事かわからなかったけどよ。
なんか腹が立つ。
イライラする俺を見もせずに一人大袈裟にアハハと笑いながら、ジーノがその香水の箱を開ける。
箱の中には硝子瓶に入った液体が見えた。
琥珀色…っていうのかこれは。
「どういうことだよ、コレを俺にくれんのか?」
「そうだよ。ありがたく受け取ってよ。僕が男にプレゼントするなんて、滅多にないんだからね」
そう言うと王子はウフフと笑って箱ごとこっちへ渡してきやがった。
なんだそりゃ、益々意味がわからん。意味はわかんねえが、ただで貰えるっつーし、とりあえずその香水を受け取っておくことにした。
俺は香水なんて使わないが、スギなら使うかも知れねえしな。
「大事に使ってね。これで彼女も喜ぶよ」
「彼女…?」
誰の事だと思ってつぶやくと、今頃気がついたみてえにジーノが頷く。
「ああ、そうだね経緯を話しておいた方がいいかな。
この香水はね、僕がある女の子にあげようと買ったんだ。
でも、いざ渡してみたらその子、過去にこのブランドにあまり良い思い出がなかったみたいでね…。香水も付ける気にならないって言われてね。
結局、彼女が『誰か違う人にあげて』って言うんだ。
でもさ、プレゼントを違う女性に送るなんて僕には出来なくてね…。この女(ひと)にはこれだって思う物を毎回選んでる訳だし」

黙って聞いていればいつまでも喋っている。
しかも途中で香水の話から女に対する接し方の話し変わっていた。
というか、女にやるつもりの物を他人に贈ろうという考えもどうなんだよ。
…待て。
女?
女にやるつもりって言いったかコイツ。

「おい、ちょっと待て。これ女物っつーことか?」

まさかと思いながら、俺がペラペラと喋べり続けるジーノの肩を掴む。
「痛いよクロエ。そうだよ、さっきそう言わなかった?」
ジーノは何か問題でもあるかと言うように平然としている。
それ所か、俺が掴んだ肩が痛いからと不機嫌そうに俺の右手を無理矢理引き剥がした。
いやいや、違うだろ…俺に言う事はそうじゃねえだろ!
俺の中で何かが音を立てて切れた。

「おまえ、女物の香水を俺が付けると思ってんのか!?」
思わず怒鳴る。
「…クロエなら黙ってれば解んないかなあと思ってね。喋っちゃったけど」
「どういう意味だッ!」
「ちょっ、落ち着けよクロ」
スギが止めてくるが、全然納得いかねえのに落ち着いていられる訳が無い。
「大体女物の香水を男にやる事自体がおかしいだろうが!有里にでもやっとけ!!」
まず一番身近で思い付く女は有里だろうと正論を言うと、ジーノは俺の提案を軽く鼻で笑いやがった。

「ハハッあの子は駄目だよ。何故か分からないけど目が笑ってない笑顔で『結構です』の一点張りなんだもの」

「有里ちゃんには渡そうとしたんだな…有里ちゃんはどう思ったかはともかく」
スギが苦笑いでつぶやく。
有里もジーノが何か訳ありでプレゼントしてきたと勘づいたのか。
黙ってもらっておけよ有里…!

「だからってなんで俺なんだよ」
段々精神的に疲れてきたので半ば諦めかけて聞く。
「もう誰でも良いかなって。ほら、『クロエ』だしお似合いだと思わない?」
「…お前が勝手に変な呼び方してんだろ…」
『凄く良いアイデアを思い付いた自分に酔っている』ようなジーノをジト目で睨む。
そもそもいつ頃から「クロエ」なんて呼ばれ始めたのかも思い出せない。いつの間にかジーノにダサいあだ名を付けられていた。
大体、『クロエ』って男に付けるあだ名じゃねえだろうが。


「…クロ、もういいだろ。くれるって言うんだから貰っておけよ」
大分勢いを無くして脱力している俺の肩に片手を置いて促してきた。
何だか明らかに必要ないところで無駄に体力を消耗した感じがする。
それにスギにそう言われるともういいかと思えてきた。
「もうどうでもいい…」
「おいおい」
呆れるスギを無視して、未だに手の上に乗ったままの重みのある箱をバッグの中へ押し込んだ。
凄く不本意極まりないが贈り物の礼として棒読みで「サンキュ」と吐き出す。
「おら スギいくぞ」
これ以上不毛な会話を続けたくないので歩き出す。
「あ、待てよ」
構わず一人で歩く。
遠ざかる二人の会話らしいものが少し聞こえる。
スギはまだジーノと話している。何を話す事があんだよ全く。

歩きながらバッグを見ると、開いた隙間から箱から出かけている硝子瓶が見えた。
…絶対甘ったるい匂いがするに決まっている。





帰ったら絶対捨てる!












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