after-2 (2/2)

「フーン、先祖返りねぇ……」
「びっくりだよねえ、わたしもびっくりしちゃった!あはは」
「あははって……」

 売店で昼食を買って教室に戻る途中、隣を歩く出雲ちゃんは「アンタ暢気すぎるのよ」なんて言ってため息を吐いた。

「そうかなぁ。それにしても、同じクラスに出雲ちゃんがいてくれてほんとによかった!子猫丸くんも。知り合いがいるかいないかって大きいよね」
「あたしは消えたはずのゴーストがいきなり生きた人間になって現れて、自分の頭がおかしくなったのかと思ったわよ」
「あははは!」

 そう、わたしのクラスは出雲ちゃんや子猫丸くんと同じA組に割り振られた。さすがに特進科とはいかなかったけれど、普通科ではトップのクラスだ。試験を頑張った甲斐があるというものだ。
 歩きながらわたしが転入してくるまでの経緯を説明していれば、A組の教室の先でしえみちゃんと見知らぬ女子生徒がいるのを見かけた。

「あ!しえみちゃん!」
「は……?!ちょっと、何で学校ここにいんのよ!?杜山しえみ!!」
「中途入学してきたんだって!私と同じB組だよ〜!」
「うんっ!神木さん、名前ちゃん、い……一緒にお昼食べよ!」
「まじで」
「えっと、そちらは……?」

 黒髪ショートの彼女は初めて見る顔だ。話の流れからしてしえみちゃんとも出雲ちゃんとも知り合いのようだけど、祓魔塾でも見なかったはずだし。

「あれっ?もしかして出雲ちゃんのお友達?私、朴朔子っていうの」

 にっこりと朗らかな笑顔で差し出された朔子ちゃんの右手をきゅっと握りつつ、はて、と首を傾げた。
 朴……なんかどこかで聞いたような。どこだっけ。聞いたとしたらしえみちゃんか出雲ちゃんとの会話の中だと思うけれど、会話の中で第三者の名前が出たことがあっただろうか。
 頭をフル回転させて記憶を遡る。しえみちゃんとはたぶんお母さんの話くらいだし、出雲ちゃんとは『君物語!』の……。
 そこでふと、1人の名前がぽんと浮かんだ。

「あ!出雲ちゃんに『君物語!』を布教され続けてる朴朔子ちゃん?!」
「えっ?あ、そうそう。読んでないけどね〜」

 ようやく思い出せた。パズルのピースがぴったり合ったみたいな感じだ。出雲ちゃんの友達として名前を聞いていたんだ。あれ?でもしえみちゃんとも友達なのか。

「朴は元々祓魔塾生だったのよ、もうやめたけど」

 わたしの表情を読んでか、わたしが疑問を口にするより早く、先程売店で購入したハンバーガーを自分の机の上で袋から取り出しながら出雲ちゃんはそう教えてくれた。わたしやしえみちゃん、朔子ちゃんも近くの椅子を引っ張ってきて、出雲ちゃんの机を囲うようにして席についた。

「そっか、だからしえみちゃんとも知り合いなんだね。わたしも夏前に1週間だけ祓魔塾に通ってて、これからまた始めるんだ」
「そうなんだ!夏前だったら私と入れ違いだったんだねぇ」
「惜しかったんだね〜。あ、わたしは苗字名前。よろしくね、朔子ちゃん」
「うふふ、よろしく〜」

 そう言って朔子ちゃんはサンドイッチを口に含んだ。わたしも倣って、先程購入したおにぎらずに齧り付く。

「…………!!……!」

 あまりの美味しさに思わず息を飲む。
 贅沢に丸々挟み込まれた厚焼き卵はまだほかほかと温かく、隣のクリームチーズをじんわりと溶かす。お米の一粒一粒がふっくらと立ち上がっていて、なのに巻かれた海苔はパリパリと良い音を鳴らしていて。
 学食はあまりにも高いので断念して売店で済ませたけど、さすが正十字学園……!レベルが高すぎる……!!
 おにぎりじゃなくておにぎらずっていうのがちょっと新鮮で手を出してみただけだったけれど、これはもうリピート確定である。ああでも他の物もいろいろ食べてみたい。今後の悩みどころだ。

「それにしてもしえみちゃんと名前ちゃん、いい時期に入学したね。もうすぐ学園祭なんだよ」
「学園祭……!」

 学園祭、なんて良い響き。お祭りだ。
 合宿や修学旅行なんかのお泊まり行事は好きだけれど、学園祭みたいなイベント事ももちろん大好きだ。詰まるところ、楽しい学校行事が好きなのだ、わたしは。

「あっそうだね!毎年素敵だよね、最近は家からしか見てないけど……」
「正十字学園祭って毎年テレビでもやってるよね!今年は参加できるんだ〜……!」
「えへへ、そうだよそうだよ〜!ダンスパーティーとか!」
「ダンスパーティー?」

 テレビ中継はよく見ていたけれど、ダンスパーティーなんてあっただろうか。見た覚えがない。
 首を傾げるわたしとしえみちゃんに、朔子ちゃんは嬉々として口を開いた。

「学園祭二日目に学生限定の音楽フェスティバルがあるんだけど、通称"ダンスパーティー"っていわれてて、有名なアーティストもくるし、正装オシャレして夜中まで堂々と遊べるから皆すっごい楽しみにしてるんだよ〜!」
「わ〜!楽しそう!オシャレってパーティードレスとかってこと?」
「そういう人が多いんじゃないかな〜」

 そう言われて、先日メフィストさんから小包が届いたことを思い出した。協力謝礼だとか転入祝いだとかなんとか言ってパーティードレスをいただいたのだ。こんなのいつ着るのか、と思っていたけれど、なるほど、ダンスパーティーなるものがあるのならきっとそれのためだったのだろう。

「へぇええ!楽しそう、行きたいっ!!」
「ね!わたしも行きたい……!!」
「でも男女ペアでの参加が条件なんだー」
「男女ペア……?そ、それって、恋人ってこと……?」
「まぁね、ほとんどの人がそんな感じだよ。今学園中カップル急増中だし」
「そ、そっかぁ。みんな大人だなぁ……!」
「でも友達とでもいいんじゃないかな?私もよくは知らない先輩と行くよ〜。しえみちゃんも誰か誘ってみたら?」
「ハッ、杜山しえみそいつなんてほっといても誘われるわよ」
「わ〜たしかに」

 ていうか寧ろ、しえみちゃんは燐くんといつも一緒にいる印象があったから、付き合ってなかったのかって感じすらある。出雲ちゃんが言っているのもきっと燐くんのことなんだろう。
 しえみちゃんは少し考えた後、何かを思いついたようにぱっと顔を明るくした。

「わ……私、誘ってみようかな……!」
「えーっ!?だれだれ!?誰誘うの!?」
「しえみ!!」

 至極楽しそうに顔を赤らめてしえみちゃんの肩をぼんぼんと叩く朔子ちゃんの言葉を遮るように、突然男子の声が背後から飛んできた。皆が揃ってそちらを振り向くと、居心地悪そうに燐くんがわたしや出雲ちゃんをちらちらと見やった。
 燐くんはきっとしえみちゃんをダンスパーティーに誘いに来たのだ。わたし達がいるんじゃ話しだしにくいのかもしれない。

「燐」
「えーとぉ、ちょっと顔かせ」
「うんっ、私も丁度話したかったの」

 行ってくるね、と一言告げて席を立ったしえみちゃんはトコトコと燐くんの後ろをついて歩いていった。「ほらね」と随分と冷めた反応の出雲ちゃんに対して朔子ちゃんは「どうなっちゃうんだろう!」と興奮を抑えられない様子で、全く正反対な2人が見ていてなんだかおもしろい。

「名前ちゃんは?誰かと行かないの?」
「わたし?……ふふ、じゃあわたしも竜士くんのところ行ってこようかな」
「えっ!竜士くんって……勝呂くん?!名前ちゃん、勝呂くんと付き合ってるの?!」
「えへへ〜……」

 第三者からこんなふうに面と向かって言われるとなんだか恥ずかしい。というか、付き合ってる……付き合ってる?言われてみればなんとも言えない気がしてきた。お互いに好き合っていることはあの夜に話したけれど、その後2ヶ月くらい離れ離れになっていたわけだし。付き合って……は、いないんだろうか?よくわからない。まあでも正直、今のわたしは竜士くんと再会できたことが嬉しいので、そういうことはまたそのうち考えればいいや。

 「じゃあちょっと行ってくるね」と教室を後にして、そのまま校舎から出た。夏前と昼食を摂る場所が同じなら中庭の木の麓にいるはずだけれど、この時期はさすがに肌寒くなり始めているし、屋内に移動しているかもしれない。変わってなければいいけれど。

「……あ!」

 目指していた木に竜士くんと子猫丸くんがいるのが見えた。よかった、そのままの場所で食べてたみたいだ。廉造くんだけいないようだけれど、どうかしたんだろうか。

「竜士くん、子猫丸くん!」
「名前」

 わたしの名前を呼んで顔を上げた竜士くんと視線がかち合う。なんとなく嬉しくて、恥ずかしくて、顔がにやけてしまう。

「あ、えーと……廉造くんはどうしたの?」
「アイツならダンパに誘う女子探してるで」
「え!そうなんだ。廉造くん女の子の友達いっぱいいるのに」
「まあ、アイツ軽いでな……」
「あはは!みんな本命の方に行っちゃうんだね」
「せや。……そんで、どないしたんや?なんや用あったんとちゃうか?」
「あ、うん!あのね、竜士くんとダンスパーティー一緒に行きたいな〜って思って!行こうよ!」
「……あー…………ダンパか……」
「へっ?」

 予想外の反応をする竜士くんを見て、思わず変な声が出てしまった。竜士くんは気まずそうに眉間の皺を深める。
 正直二つ返事で了承を貰えると思っていた。いやだ、自意識過剰だ。恥ずかしい。よくよく考えてみれば朔子ちゃんみたいにもうペアの人が見つかっている生徒はたくさんいるのだから、竜士くんにもそんな相手がいたっておかしくはないのだ。ていうかきっといる。だってこんなに優しい竜士くん(目つきは悪いけど)をそこらの女子が放っておくわけがない。ああ、完全に出遅れた。もっと早く転入してきたかった。

「あ……えと、苗字さん」

 見るからに落ち込むわたしに、子猫丸くんはオロオロと慌てながら遠慮がちに声をかけた。

「坊は祓魔師エクソシスト認定試験のための勉強しはるさかいに、ダンパ行く気あらへんのです」
「な……なんだ、そういうことだったんだ。わたしてっきりもう相手の女の子がいるのかと思っちゃったよ」
「アホか、おらへんわそないなもん」
「今朝かて断ってはりましたもんね」
「子猫」
「すみません」

 うっかり口を滑らせたらしい子猫丸くんははっとそれを噤んだ。というかやっぱり誘われてはいるのか。なんだか柄にもなく腹の底が熱くなる。
 子猫丸くんは誤魔化すみたいにゴホンと咳払いをして、「せやけど……」と再び話の口火を切った。

「坊、1日くらいええんやないですか?せっかく苗字さんも戻ってきはったことですし……」

 そう言われ、竜士くんは考え込むように眉根をさらに寄せた。
 試験勉強というのももちろんあるのだろうけれど、竜士くんのことだからきっと、今まで断った女の子に申し訳なく思っているのだ。「ダンパには行かないから」と断ったのに自分が行くのは、なんて考えているのだ。
 すごく竜士くんらしい意見だと思うし、その気持ちはとてもよくわかる。しかし、だからと言ってわたしが竜士くんとダンスパーティーに行きたいのも本当なので、「やめとこう」とも「行こうよ」とも言い出せない。黙る自分がいやに狡いと思った。

「……名前」

 ふと名前を呼ばれ落ちていた視線を上げれば、難しい顔をした竜士くんとぱちと目が合った。竜士くんは少しの間わたしを見つめて思惟していたようだけれど、しばらくして思いが纏まったらしく、やんわりと表情を緩めた。

「……行くか、ダンパ」
「…………!!えっ、い、いいの?!」
「おう。そもそも奥村先生からスタッフやらへんかて声かけられとったから、どっちにしろダンパには行くことになりそうやったんや。それなら名前と行く方がええし」

 さっきまでの渋い顔が嘘みたいに、竜士くんは優しく笑ってそう言った。自分の顔にじわじわと熱が集まるのを感じる。ゴーストだった頃はこんなことほとんどなかったのに、今日はなんだか竜士くんと話しているとドキドキしてしまう。ゴーストは心臓が止まっているし、当時は気がつかなかっただけかもしれない。

「えへへ!やったぁ、楽しみ……!」

 楽しくなりそうな予感のダンスパーティー、大好きな竜士くんと一緒に行けるんだ。火照った顔を隠すように両掌で包みつつ、ゆるゆると頬を持ち上げた。
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