Friday (3/4)

「坊。あっ……そちらはもしかして」
「例の名前ちゃん?!」

 午後の授業を受け終えた俺たちは志摩や子猫丸と合流し、祓魔塾へと向かった。
 2人には今朝苗字のことは説明してあったが、彼女にはまだ何も言っていなかった。突然話しかけられたことに目をぱちくりさせていたため、俺の幼馴染みであることを話した。

「こいつらも一緒に祓魔塾に通うてんのや」
「へえ、そうなんだ!えっと……」
「三輪子猫丸です。わからんことばっかりで戸惑うてはると思いますけど、よろしゅうお願いします」
「俺は志摩廉造!こないかわええ女の子と1つ屋根の下とかほんま坊ばっかずっこいわ〜、今からでも俺んとこ来ぉへん?」
「志摩さん……」

 相変わらずの志摩の様子に、苗字は少し驚いたような顔をしたけれど、すぐに「2人ともよろしくね」と明るく微笑んだ。

「そういえば午後の授業一緒に受けてはったんですよね。坊は特進科ですけど、苗字さん、授業の内容とか大丈夫でした?」
「せや。暇やろ思てとりあえず連れてきてしもたけど、そもそもお前いくつなんや?」
「ん?わたしみんなと同い年だと思うよ。高1でしょ?」

 きょとんと言葉を返した苗字に一同はえっと言葉を詰まらせた。
 昨日メッフィーランドで見つけた時から近い年齢だろうと踏んではいたものの、正直なところ彼女は華奢な上に小柄であるし、一つや二つ年下だと思っていた。
 彼女自身、そう思われることが多いのだろう、俺や子猫らの反応を見るといつものことだと言ってゆるゆると笑った。
 するとふと志摩が突然「そないなことより……」と深刻そうに表情を変え、つられるように苗字も息を飲んだ。

「な……なに?」
「すんごい嫌な予感しかせえへんのやけど、名前ちゃんが今羽織っとるそのブルゾンて……」
「へっ?ああ、竜士くんのだよ。貸してくれたの」
「…………!!」
「……ほら、着いたで」

 苗字の陽気な返事にひどく恨めしそうな顔でこちらを睨んでくる志摩には無視を決め込み、俺はいつも使っている人気のない扉の前で立ち止まって塾の鍵を取り出した。

「あ!出た!変な鍵!」
「変て……なんや、鍵のことはもう知っとるんか?」

 それまで高い位置で1人くるくると飛び回っていたというのに(どうやら彼女は飛べることが随分と楽しいらしい)、取り出した鍵を目にした途端嬉しそうにその瞳を輝かせ、俺の手元に飛びついた。

「ウン、昨日椿さんと一緒にその鍵でメフィストさんのお屋敷に行ったから」
「そういうことか……けどそれとこれは違う鍵やで」
「えっ?そうなの?」
「おう。これは祓魔塾に行くためのモンや」

 あまりにも鍵に興味を示すものだから「開けるか?」と差し出してみれば、彼女はいたく嬉しそうにそれを受け取った。先程自身を高校1年生だと話していたが、それは真実なのかと疑ってしまいたくなる無邪気さである。
 苗字はまず鍵穴に差し込むと感嘆の声を上げ、それを右にガチャリと回してまた声を上げた。

「エヘ、何回見てもすごいね!鍵穴が合わないのに使えるの、どういう原理になってるの?」
「鍵については俺も詳しく知らへんねん。たぶん、フェレス卿がなんやしとるんやと思うけど」
「フェレス卿はこの街全体に結界張ったりもしたはるんよ」
「す、すごいね……?!」

 驚きつつ扉を引いた苗字は、さらにその中に広がる長い廊下に目を見開いた。全く、彼女の表情の変動ぶりは見ていて飽きないものだ。
 少し進んだ先にある一一〇六教室に着いたところで、今度は俺が扉を押し開けた。

「わっ……あ!」

 嬉しそうに先行した苗字に続けば、どうやら既に教室に来ているのは神木と杜山さん、宝の3人だけらしい。
 山田は昨日の一件で髪の長い女の変装であったことが判明したし、残る奥村は遅刻だろうか。しかし昨日その女に連れていかれたのを見てしまったわけだし、もしや何かよくない事情でも絡んでいるのではないだろうか。

「女の子もいるんだね」
「ん?ああ、せやな」

 すると俺らが定位置に座ったところでタイミングよく扉が開いた。
 そこから顔を出したのは、件の女だった。

「ほォい授業始めるぞー席着けー」

 飄々と告げる間延びしたその声に、教室にどよめきが起こった。
 背後で志摩が騒ぐのは想定内ではあったが、教室全体から静かな動揺が窺えるあたり皆昨日の一件が未だ気にかかったままなのだろう。
 刹那、女は俺の隣に座る苗字を一瞥したかと思えば、それが気のせいだったかのようにポニーテールを翻し教卓の上に腰掛けた。

「……つーわけで。この度ヴァチカン本部から日本支部に移動してきました、霧隠シュラ18でーすはじめましてー」

 語尾にハートマークでも付きそうな調子で話すその女──霧隠先生は気怠げに頭を掻いた。

「……なーんちゃって、この2ヶ月半ずっと一緒に授業受けてたんだけどな〜。にゃっははははは!」
「…………」

 へらへらと笑う彼女に(惚ける志摩を除いて)全員絶句である。
 山田が霧隠先生の変装であったことは昨日の時点で察していたが、まさか祓魔師エクソシスト、それも教師だったとは。
 生徒のふりをしてヴァチカン本部から潜入だなんて、もしや階級は相当上なのではないだろうかという疑問が浮かびつつ、今見える限りの人となりからはそうは思えないのが正直な感想だ。
 視界の端で苗字が首を傾げているのが見えるためフォローしてやりたいところだが、あいにく俺自身も現状をいまいち把握できていないのだ。

「えーと?とりあえず“魔法円・印章術”と……?“剣技”もかよ、めんどくせ!……受け持ちますんで」

 予め配布されたのだろう用紙を覗き込みながら溜息を吐き「よろしく〜」と話を締めくくろうとしたものだから、俺は空かさず挙手をし声をかけた。

「え……と、先生!」
「んー?何だね勝呂クン」
「先生……は、何で生徒のふりしてはったんですか。あと魔印の前の担当のネイガウス先生は?」

 俺の質問に先生は「あ〜」と声を吐き出し少し考えるそぶりを見せた後「両方とも大人の事情ってやつだよ」と言って意地悪そうに目を細めた。

「ガキは気にすんな?」
「な……なんですかそれ……!」
「あのぉ……」

 不意に杜山さんがおずおずと手を挙げようとした時、ガチャリと教室の扉が開いた。

「スンマセン……その……昨日あんま眠れなくて……授業中寝てたらHR過ぎても寝てて誰も起こしてくれなくて……」
「燐!」

 そこにいたのは、どんよりとした負のオーラを纏う奥村だった。
 その様子に一先ず大事がなさそうで、俺は無意識にほっと息が漏れた。

「そんなとこで言い訳してないで入ってらっしゃい、怒んないから……」
「え?あれ……?お前!」
「ホラいいから、とっとと席につけ!」

 奥村はやはりあの後何やら一悶着あったらしい気を漂わせつつも、先生の一声で大人しくいつも通り杜山さんの隣に腰掛けた。
 そこでふと2人が話す様子を窺っていれば、奥村の雰囲気が何故だかいつもと少し変わって見えた気がした。

「あいつ……何か雰囲気変わったんやないか?」

 子猫や志摩に素直にそう告げれば、志摩は意味深そうに「何かあったんかもしれませんねえ」と微笑んだ。

「ふんじゃまー全員そろったとこでボチボチ授業始めるぞー」

 奥村が気合を入れるように、俺が以前あげたピンで前髪を纏める。

「印章学入門の土占いの章から読んでもらうかな。じゃ遅刻した奥村!」

 前髪が退けられよく見えるようになったその表情は覚悟を決したようなもので、やはりいつもとは幾分違っていた。

「えー……『土占いにかかわる古代のも……もん……もん、もんけんは』」
文献ぶんけんな」

 漢字が読めずにあたふたと慌てる通常運転の奥村に、やはり勘違いだったと呆れてため息を吐いた。
 隣では苗字が教科書に掲載された土占いの章をまじまじと見つめていた。
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