クレッシェンド(1/2)
──人は本当に悲しいとき、涙が出ないのだと知った。
「はあっ……」
それでも次から次へと押し寄せるため息の嵐を止めることはできなかった。
ああ、どうして、どうして。わたしがもっと周りに気を配っていれば、こんな事態にはならなかったというのに。どうして……。
「この前の銭湯に
ダン、と拳を机に叩きつける。そのすぐ横にポタリと涙が1滴零れ落ちた。
「出るじゃない、涙」
「そりゃ出るよ! 泣いちゃうよ!」
呆れたようにこちらを見つめる出雲ちゃんに声を上げれば、面倒くさそうに眉間に皺を寄せられてしまった。そんな顔をされたらますます悲しくなってしまう。
「悪ィ名前、俺が雪男と一緒に食った話なんてしちまったから……」
「いいの、燐くんは悪くない……これは冷凍庫をきちんとチェックしなかったわたしの過失……」
「たかがアイスじゃない」
「違うんだって、
「えっ、そうなのか?」
わたしの言葉に燐くんが目を丸くする。てっきりそれを知った上で話しているものだと思っていたのだけれど、そうではなかったらしい。ちくしょう、ますます悔しくなってしまう。
小さい頃から大好きで、夏場なんかは特に毎日のように食べていた棒アイス、
そんな
するとふと京都の3人組が教室へ入ってきたものだから「竜士くん」と縋るように声をかければ、彼はギョッとして目を見張った。いけない、今涙目なの忘れてた。
「な……なんや、どないしたん」
「アイスが食べたいって泣いてるのよ、この子」
「……は?」
「言い方! 出雲ちゃん! それじゃわたしがバカみたいじゃん!」
「馬鹿じゃない」
冷たくズバリと言い切られてしまった。今日の出雲ちゃんはなんだか手厳しい。
わたしは席に座ったまま、そばに立つ竜士くんの腰に抱きついた。むしろしがみついた。
「竜士く〜ん……この前の銭湯に
「なんやサザンクロスて、それがそのアイスか?」
「うん。そっか、京都の方にはなかったのかなぁ。すっっっっっっっっごい美味しいんだよ」
「あっはっは、めっちゃ溜めるやん」
ケラケラと笑う廉造くんをじっとりと見つめる。彼らは食べたことがないからわからないんだ、この感動を。
そんな視線を気にも留めず、子猫丸くんが「また買いに行かはったらええんやないですか?」なんて言って首を傾げる。
「
「それがね、改修工事でしばらく休業らしいんだよね……」
「……?! お、俺を見んといてくださいよ!」
一斉に全員の視線が集まった廉造くんはバツが悪そうに汗を垂らした。悪魔の憑依が原因とはいえ、銭湯を工事が必要になる状況に陥らせたのは紛れもない彼なのだから致し方ない。
「……はーあ、食べたかったなあ、
口の中でぽそりと呟けば、ぽんと頭の上に掌が添えられた。その手を落としてしまわないように瞳だけを上へ向けて竜士くんと目を合わす。すると彼は慰めるみたいに優しく髪を撫でてくれた。
「営業再開したら一緒に買いに行ったるさかい、元気出しや」
「ふふふ。うん、わかった」
「みなさん、授業を始めま──……苗字さん、どうされたんですか?」
教材を手に教室へ入ってきた雪男くんがわたしを見るや否や眉根を寄せてみせた。どうやらわたしはまだ涙で目が腫れているらしい。
「ごめんなさい、大したことじゃないの。燐くんが雪男くんとこの前
「ああ、そんなこともありましたね。何本か購入してあるのでよろしければ差し上げましょうか?」
「えっ?!」
ガタンと勢いよく席を立ち上がる。皆そんなわたしにおののいて肩を揺らしたけれど、ただ1人燐くんだけは雪男くんに対して驚きを見せていた。
「おま……買ってたの?! いつのまに?!」
「普通に、あの話の後でだよ。好きだったからね」
しれっとした表情で眼鏡を押し上げる雪男くんが、初めて同年代の男の子に見えてなんだか笑えてしまった。燐くんとはこんな感じなんだ。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ燐くんを慣れた様子でスルーする雪男くんに、改めて苗字さん、と呼びかけられた。
「
「やったー! ありがとう、雪男くん! 竜士くんも食べようね、ほんとに美味しいから!」
「ははっ、せやな」
わたしの言葉に竜士くんはもう一度わたしの髪をくしゃりと撫ぜて、小さく笑ったのだった。