蔓延る濁り(2/3)


「アインス、ツヴァイ……ドライ☆」

 そう唱えたメフィストさんの指が鳴るのと同時に、瞬間移動によってわたし達塾生と雪男くんはヨハン・ファウスト邸を訪れていた。

 突然帰ってきたかと思えば「この件は自分の第二次反抗期だ」などと宣った廉造くんに、竜士くんを始めとした塾生の皆(もちろんわたしも含まれている)が次々と廉造くんに粛正を加えたところでメフィストさんがいきなり教室に現れたのだった。

 あまりにも唐突に景色が変わったものだから混乱してきょろきょろと部屋を見回す皆をよそに、背後から讃えるように手を叩く音が聞こえてきた。

「ほーりーしっと!フェレス卿の能力っていっつもワクワクしちゃうよ!まさに"魔法"って感じだ」

 そう称賛の声を上げるのは目深にハットを被った無精髭の男だ。

「コンニチワ、ぼかぁルーイン・ライトです。みんなヨロシクね!」
「!! ラ、ラ……ライトニング!?」

 名前を聞いて竜士くんと出雲ちゃんが声を揃えて驚いた。
 "ライトニング"というと確か、四大騎士アークナイト聖騎士パラディンの右腕だと云われるひとじゃなかっただろうか。この汚らしい風貌からは正直想像し難いけれど……実質の騎士團ナンバー2が、どうしてこんなところにいるのだろう。

「……あっ」

 ふとハットを外したライトニングさんが短く声を上げた。目線の先に立つ燐くんに笑顔でズカズカと歩み寄っている。

「うわーい!君がサタンの血を継いでる奥村燐くんかい!?ぼかぁずっと会いたかったんだ!!」
「!!? はっ?!」
「へぇ〜すごいな、全くオーラがない!どこにでもいる高校生ティーンって感じ!」
「はあ゛ん!?」
「あっ君は!」
「へ?! わっ」

 燐くんが額に青筋を立てたところで不意にくるりと顔の向きを変えたかと思えば、今度はわたしの方へ詰め寄られた。この人、近くに来ると鼻がもげそうに臭う。絶対長いことお風呂に入っていない。

「君が例のゴーストだった苗字名前ちゃんだね!ふぅん、君も同様ごく普通のジェーケーって感じだ」
「は、はあ……」

 この前ルシフェルさんに会った時にも思ったけれど、どうやらわたしはイルミナティやヴァチカンでも話題になってしまっているらしい。たしかに騎士團でも例を見ないとは聞いていたけれど、そんなに問題にすることなんだろうか。今はもうゴーストらしいことは何もできないただの人間なわけだし。

「……ライトニング、そろそろ本題に」

 ふと珍しく少し困った様子のメフィストさんに声をかけられ、ライトニングさんはゴメンゴメンと軽い調子で謝りながらわたし達に椅子に座るよう促した。
 素直にそれに従えば、全員が着席したことを確認したライトニングさんがよし、と一呼吸置いて話を始めた。長い前髪から覗く視線の先には廉造くんだ。

 ライトニングさんの話は、現状では正十字騎士團とイルミナティ双方の公認スパイとなっているらしい廉造くんを今後騎士團に身を置かせる上で、彼が本当に信用できるのかを直接確かめに来たということだった。

「そこで聞きたいんだ。君達から見て、彼は信用できる男かな?」

 そんなふうに問うライトニングさんに誰も口を開けないでいれば、静まり返った部屋を見て「あれ?君達って彼と親しいんだよね?」とライトニングが再度問い返した。

「……信用なんてできるワケねーだろ」

 呟くみたいに言い放ったのは意外にも燐くんだった。それを聞いて竜士くんが奥村、と声をかける。

「おやおや!?らしくないな。いつもの貴方なら『志摩は俺達の仲間だ!』とか叫ぶところでは?」
「違う!お前だよ!」

 燐くんはがなってメフィストさんを睨みつけると、その勢いでガタと音を立てて椅子から立ち上がった。

「そもそもお前が信用ねーから志摩が疑われてんだろーが!結局自分の手下スパイだったくせに志摩を裏切り者とか言いやがって……!」
「おや正論」
「皆は知んねーかもだけどこいつ…………サムエルってゆう……悪魔の王の一人なんだ!サタンとかルシフェルの仲間かもしれないんだぞ」
「へっ…………」

 燐くんが覚悟を決めたような表情でそんなことを言ってメフィストさんを指差すものだから、思わずぽかんと口を開けてしまった。わたしは祓魔の教科書でそのことを知ったからおそらくこの世界では常識なのだろうと踏んでいたのだけれど、そうではなかったのだろうか。そう思い皆を見れば、ため息を吐きながら「サムエルではなくサマエルだ」と訂正する雪男くんに続いて出雲ちゃんやしえみちゃんも「常識だよ」と呆れ顔をした。やっぱり常識だったらしい。
 先程までとは一転して和やかな空気が流れ始めたところで、再び口火を切ったのは出雲ちゃんだった。

「……でもこいつの言う事も一理あるわ。……フェレス卿があたしの妹を匿ってくださってた事は感謝してます。でもどうして教えてくれなかったんですか!? ……学園に入学した時点で教えてもらえてたらあたしは……!」
「すっかり矛先が私に……」
「それだけじゃない……! 志摩コイツは藤堂に勧誘されたって言ってた!だったら不浄王の左目が奪われる前に藤堂が裏切者って知ってたはず!」
「……そうですね、は知ってました。京都出張所や死んだ者には少々悪いことをしてしまいました☆」
「な……じゃああの戦いは何やったんや!」

 詳しいことはわからないけれど、皆の口振りからしておそらく夏休みの京都遠征の時のことだろう。たしか、あと一歩で京都全体を巻き込む大惨事になりかねなかったはずだ。それをこんなふうに軽口を叩くだなんて、沸々と腹の底で怒りが込み上げるようだった。

「メフィストさんは……人の死を何だと思ってるんですか?」

 思わず口から漏れた問いに、彼はただ不気味に目を細めるだけだった。



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