アンダンテ・ドラマ(2/3)


「おいしかった……!!おなかいっぱい!」
「……確かにあんだけうまいとハマるのも判る気ぃするわ」

 店を出るや否や、幸福感に満ち溢れたわたし達は思わずため息を漏らした。こんなにも美味しいお蕎麦を食べたのは生まれて初めてかもしれない。竜士くんの言う通り、これはハマってしまいそうだ。

「よーし!そこら中のめし調査だ!」
「ちょっと、燐!」

 お蕎麦に完全に魅了された燐くんが息巻いて次のお店へと走っていってしまうのを、咄嗟にしえみちゃんが追いかける。

「僕は大社の方を見てきます」
「僕らも行きましょうか?」
「いえ、兄をお願いします」

 そう告げた雪男くんは雑踏の中に消えていったので、残ったわたし達3人も急いで燐くんの後を追った。

「次はこれ食おうぜ!」
「お前なぁ、遊びに来たんとちゃうんやぞ?!」
「いいじゃねーか!これだって立派な調査だろ」

 早速店先で買ったあご野焼きを頬張りながら喋る燐くんに、皆呆れて息を吐いた。さっきの昼食の前に雪男くんが「調査も兼ねて」と話していたこともあって違うと断言できないのが痛いところだ。

「ほな、僕らは奥村くんが行く先で聞き込みして回りましょか」
「うん、そうだね」

 半ば諦め気味に燐くんを追う子猫丸くんやしえみちゃんの後をついて歩く。予定通りとはいかなかったけれど、この調子だと調査は問題なく進められそうだ。
 ふと前を歩く後ろ姿を見つめる。こんな風にみんなと観光地を練り歩くのは初めてで、行けずじまいだった合宿をなんとなく思い出した。

「……どないした?」
「へっ?」

 不意にそばを歩いていた竜士くんから声をかけられて、どきりと胸が高鳴った。
 どうやら考え事をしていたら無意識に口角が上がってしまっていたらしい。はっと口元を手で隠した。

「えへへ……。任務で来てるって言っても、なんかこうしてると普通にみんなで遊びに来たみたいだな〜って思って。また今度、全員でちゃんと遊びに来ようよ」
「……せやな」

 そう言うと竜士くんはいつもみたいに優しく微笑んでくれたけれど、少しだけ罰が悪そうに眉間に皺を寄せた。

「…………その……すまん。八つ当たりなんてガキみたいなことしてもうて……」
「気にしないで。わたしこそ竜士くんがただでさえ大変だってわかってたのに余計な心配させちゃってごめんね」
「余計なことあるか!広場で名前が倒れとるん見た時……また名前がおらんなるかもしれん思たらえらい怖ぁてしゃーなかった。ほんまになんともあらへんくてよかった……」
「竜士くん……」

 そっと肩を掴まれ思わず足を止めた。眉を潜める竜士くんの双眸がほんの僅かに揺れている。それを見つめるとひどく胸が痛んだ。
 するとふと、通りを歩く人の肩がぶつかった。そういえばここは道のど真ん中だった。わたし達は慌てて燐くん達のいる方へ歩みを進めた。

「……せやけど、志摩のお父や兄貴達にどんな顔して会えばええんかとか一杯一杯になって……えらい混乱してもうた。とにかく堪忍や」

 隣を歩きながらそんなふうに申し訳なさそうに話した。
 本当に、竜士くんが悪く思うようなことは何もないのに。
 竜士くん。そう名前を呼ぼうとするより早く、わたしの右手を竜士くんの左手が握り締める。え?と顔を上げると、彼は照れくさそうに顔を逸らしながら口を開いた。

「人混みで逸れたらあかんやろ」
「……! うん!」

 きゅっと握り返した掌は、大きくて温かかった。



prev / back / next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -