アンダンテ・ドラマ(1/3)
「つっかれたあ……」
約1時間歩き続け、ようやく稲生大社へ通ずるおきつね横丁に辿り着いた。橋に身体を預けて息を整えつつ、メフィストさんに電話をする雪男くんの指示を待っているところだ。
出雲ちゃんが捕らえられている近辺だから一体どんな場所なのかと構えていたけれど、どうやらここは沢山の食べ物屋さんが軒を連ねる観光スポットらしかった。各店の呼び込みや狐をモチーフにしたマスコットキャラクター、そして何よりも賑わう人々で通り中がごった返している。
こんなに人が集まる場所でまさか……。木を隠すなら森の中、ということなのだろうか。
「フェレス卿からはこの周辺を調査するようにと……ん!?宝くんはどこへ?!」
通話を終えた雪男くんがわたし達に指示を出そうとするや否や、はっと周りを見回した。言われてみれば、いつのまにかねむくんがどこかへいなくなっている。
「まーた気ぃ付いたらおりませんでしたわ」
「……仕方ない。僕達だけで周囲を聞きこみましょう」
半ば呆れ気味の雪男くんの言葉に頷いて、わたし達は人の流れに乗るように通りを歩き始めた。
ここに来るまでの道のりは随分と長閑だったけれど、ここはそれがまるで嘘だったみたいに活況を呈している。
「ここはぎょーさん人がいてますねぇ」
「ほとんど食いもん屋じゃん!」
「これが大社までずっと続くみたいですね、パンフレットによると」
雑踏に身を任せながら先へ進んでいると、ふとどこからか漂う匂いに燐くんが鼻をひくつかせる。
「うおおお、いい出汁の匂い……!うまそぉーなんか食ってこーぜ。しえみの草サンドだけじゃ腹が……つーか舌が?」
「燐くん言い過ぎ……」
しえみちゃんがひどく恥ずかしそうに顔を赤く火照らせながら苦い顔をする。
確かにあのサンドイッチはとてもじゃないが食べられた物ではなかったが、それにしたって本人の前での言い草ではない。てっきり燐くんはしえみちゃんのことが好きなのだとばかり思っていたけれど、この様子じゃ勘違いだったのだろうか。それとも燐くんにデリカシーがなさすぎるだけだろうか。後者な気がして頭が痛い。
燐くんの提案を受けて、雪男くんは店々をぐるりと見て回ると考えるように口元に手を当てながらそうだな、と呟いた。
「調査も兼ねますから食べましょうか」
「やった!」
燐くんは嬉しそうに顔の前で拳を握り締めた。
そうと決まれば即行動だ。わたし達はねむくんを除いた皆で揃って、稲生大社名物だという稲生そばのお店の暖簾を潜った。