立向居くん、と呟いた声は届かないまま、空気にするする溶けてしまった。真っ赤な顔をして、立向居くんは俯いている。 「こわいかなあ」 「こ…わく、ない。です」 「うん。立向居くん、わたしも、怖くない」 胸に当てられている手がぴくりと動いて、へんな感じがした。他の人の手が胸におかれているのってほんとうに、へん。友達同士でふざけあって触ったりとかいうのならあるかもしれないけど、わたしの胸に手を当てて真剣な顔をしているのなんて立向居くんだけで、そんな真剣だから、わたしも、真剣な顔にしなくちゃとつい力を入れてしまう。 立向居くんの布団は水色が基調で、やけにふかふかしていて。部屋だって、キチンと整頓されている。壁には一枚だけ、サッカー選手のポスター。立向居くんはとても、この選手がすきだと言っていた。冬なのに寒くないように暖房を入れてくれた立向居くん。やさしい。それから、きちんとした部屋の、きちんとふかふかしているベッドに向かい合って正座しているわたし。立向居くんはぺったりわたしの胸に手を当てている。 「心臓、吐きそう」 「えっ、だ、大丈夫ですか」 「うん。大丈夫」 へらりと笑ったら、立向居くんの手が離れて、その手がわたしの手に重なった。おおきな手だ。今は立向居くん、わたしと同じくらいの背だけど、きっともうすぐ大きくなる。ぐんと大きくなって、かっこよくなる。と、わたしはおもう。たぶんずっとすきだ、立向居くん。 手にぐっと体重がかかって、立向居くんの顔が傾いた。わたしも素直に目を閉じる。ちゅうとやさしい音がなって、離れたとおもったら、また。「ん…」いつも一瞬だったから、離れないくちびるの感覚がなんだかへんでおもわず目をひらく。立向居くん、顔が真っ赤だ。ぽうっとそんなことを思っていると唇がぺろりとなめられた。「ん、ふ」「は…」たちむかいくんの舌があつい。これが、あれか。漫画とかでよくみる、ああいうちゅうか。口を少しだけ開くと立向居くんの舌が遠慮気味に入ってきた。うわあ。わかんない、こういうのって、どうしたらいいんだろう。わたしは立向居くんより先輩のくせに、わからないことがおおくっていやだなあ。教えてあげられることより、教えてもらうことのほうがとっても多いんだ。立向居くんの舌にそうっと、触れようと、した。ら、前歯がゴチンとぶつかった。あ、ちょっといたい。立向居くんがビクっと動いてすぐ離れる。「すっ、す、すいませ…っ」真っ赤になって謝る立向居くんが、どうしてもいとしくて、おなかのしたあたりが縮こまった感じ。わたしは思わず噴出してしまうと、立向居くんが恥ずかしそうにわたしの名前をよんで、笑わないでくださいって消えそうな声で言った。立向居くんもいっぱいいっぱいなんだろうか。それはわたしでいっぱいいっぱいってことにしていい?立向居くん。わたしも、立向居くんでいっぱいいっぱいだ。 「うん、ごめんね。笑っちゃった」 「…う」 立向居くんの真っ赤なほっぺたに触れる。いつもよりあつい。 「なんか、わたしたち、かしこまっちゃっておもしろいね」 「で、でもこういうときはそうなりますよ、普通」 「わたしも無理してかっこつけようとしてたかも」 「…先輩、俺は」 「?」 「先輩の前では…かっこよく、いたいんです」 立向居くんが、それだけは、わたしの目をみてちゃんと言った。大きな瞳に吸い込まれそうだと思った。わたしはまた、ちょっとだけあっけにとられて、それから笑ってしまう。そうしてまた、立向居くんがちょっとおこる。笑いながら、立向居くんのほうに寄って、ぎゅって抱きついた。肩がごつごつしているから、あんまり抱き心地はよくないけど。細い首にぎゅって抱きつく。そうして、わたしは自分が、すこしだけこれからすることがほんとうは怖かったのだと気付いた。ぎゅっと抱きしめてくれる立向居くんに、どうしてもちゅうがしたくなって、頬にちゅうを何回もしながら、「立向居くん」と名前を呼ぶ。 「立向居くん、すきだよ」 「俺だってすきです」 「うん、知ってるよ」 「あんまり意地悪ばっかり言わないで下さい」 「うん、ごめんね。立向居くん、あのね」 「はい」 「よろしくね」 「はい」 そうっと離れて、わたしたちはまたキスをする。立向居くんがわたしの制服のリボンを外した。それから唇は離れて、立向居くんとわたしはふかふかのベットにたおれこんだ。わたしの首元で立向居くんの髪が揺れて、すこしだけくすぐったい。 「は、ぁ…」 「先輩、さむくないですか」 「うん。さむくないよ。あんまり、見ないでね」 「は、はい。できるだけ、がんばります」 生徒指導の先生に怒られないように、きっちり着ていた制服はもうスカートと靴下だけになってしまった。立向居くんがわたしの名前を呼んで、胸に、さっきよりももっとそっと手を置く。立向居くんの手は少し傷があってざらざらしていた。立向居くんの、こういうところがすきだ。努力を怠らない立向居くんがすきだ。とっても、すきだ。「んっ」わたしのいつもよりちょっと高い声と、立向居くんのはあって息を吐き出す声だけが部屋に響く。いつもは一緒にサッカーのこと話したり、ゲームしたり、してるのにね。なんだか、へんなかんじだね。 「あっ!ゃ、う」 「いたい、ですか」 「い、いたくないけどっ…ん」 立向居くんがちょっとだけ強めにきゅうってわたしのおおきくないむねをさわる。ぐにぐにと立向居くんの手にあわせて形をかえるじぶんのむねが、なんだかとってもいやらしくってはずかしかった。丸をかくみたいに、立向居くんがさわる。「う…ん、あ」「…先輩」ぎゅうっと閉じていた目を、名前が呼ばれたから開くと、立向居くんがいつもよりは余裕のない顔で、でもわらってくれた。それから片方の空いている手に立向居くんが手を重ねてくれたので、それをぎゅうと握る。あせばんでいる、お互いの手。部屋の暖房、きついかもなあ。でももうそんな感覚もだんだんなくなってきてる。 立向居くんのいつもにこにこ笑ってるくちが、わたしの胸に近づいて、さっきみたいにぺろりとなめられた。「ひゃ」おもわず高い声が出てはずかしい。「う、う、ぁ、たち…ゆ、ゆうき」握っている手をもっと強く握って、片方、空いてる手で立向居くんの肩らへんのシャツを握った。へ、へんなかんじ、くすぐったいっていうか、なんていうか、おなかのしたらへんがきゅうきゅうなるというか。「う、ん、んゃ」なめられたり、さわられたりでもうわたしは頭がよくわからなくて。涙でじんわりぼやけて立向居くんの部屋の天井が見えなくて。立向居くんにちゃんとこっちをみてわらってほしくて、ちょっとだけやっぱり、不安で。立向居くんがそっとわたしのスカートの足を撫でたと同時に、普通に名前を呼ぼうとおもったら「たちむかいくん…」震えた声がでた。立向居くんがばっと顔をあげてわたしを見る。わたしは繋いでいた手も離して、腕で顔を隠す。なんできゅうに泣けてくるんだろう。立向居くんになんにも心配かけたくないのに。どうして。 「た、たち、たちむかいくん」 「せ、先輩、どうしたんですか、怖いですか」 「ち、ちがう…」 「いたかった、ですか」 「っうんん…」 「い、嫌でしたか…?」 「ちがう、ちがうの立向居くん」 「先輩?」 「立向居くん、すき…」 「え」 「すきなの。立向居くん。とってもすき」 「せ、先輩?」 「すき。立向居くん、すきだよう」 わたしはとっても情けなくすきすきと繰り返す。どっちが先輩なんだか。立向居くんはぎゅうっとさっきとちがって、全然欲もなく、子供をあやすみたいにわたしをだきしめてくれる。シャツに染みをつくってしまいそう。多分立向居くんは気にしないだろうけど。 「先輩、俺もすきです。先輩のこと、とっても」 まわされた腕の力が強まって、わたしはまた泣けてきてしまう。たちむかいくん、ともう一回呼んだら立向居くんははじめてわたしをよびすてで呼んだ。その声が今まで聞いたどんな声よりも低く響いておなかのしたがまたあまくしびれる。 /思春期とセックス sex kiss様へ。ありがとうございました! |