泣いた後のような濡れた目で彼女はぼんやり僕を見た。あくびの名残が口許でふやけて中途半端な誘惑。机の隅に置かれた眼鏡が僕の姿を照らし出すのに、阿呆面は依然として改まる気配はなかった。彼女は非常に目が悪い。
「もう下校時間過ぎてるよ」 「……雲雀さん」
慌てて眼鏡をかけて姿勢を正したところで時既に遅し、夕陽が眩しいせいで目もろくに開かない。もしもここで僕が魔法使いになって、或いはチェシャ猫にでもなって、彼女をすこしずつ溶かしていけたらどうだろう。夏の暑さによってついに僕もいかれた。
「すんません、帰ります」 「帰らない」 「いや帰りますから」 「帰らない」 「あの、家厳しいんで門限が…」
融通がきかない固い頭を押さえ込んで机上に張り倒した。後頭部が鈍い音をたててたちまち彼女は苦悶の表情とすこしの涙とを浮かべる。これでまた元に戻って愛しさが蘇ればいいのに。寝起きの口唇は不思議とミントの香りがした。
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