難しい事はよくわからないけど、と言ってみょうじは教科書のページを捲った。教室の暖房の中に淡い青が混じってパーマがかかった毛先をすり抜けていく。彼女の髪の毛は傷んで赤くなっていた。頷かずとも話は進んでいくようだ。
「この受験真っ只中にふられちゃった側も気の毒だよね。センター再来月まできてんのに」 「だなァ」 「首つっこみたくないから最近はちょっと距離置いてるけど」
蛍光ペンがカラーの教科書の上を滑る音がする。俺はあんまりあの音が好きじゃない。さいわいすぐ終わったのをいい事に俺は携帯を取り出した。
「やっべ、なめこ全滅」 「こら沖田くん、遊ぶとは何事じゃ」 「休憩も必要だろ」 「ずっとしてるでしょうが」
モチベーションが下がるとか文句を垂れながらみょうじは背伸びをしたり髪を結い直したりしだした。休憩に入ったようだ。元々人と話しながら勉強なんかできるわけないんだからお互い様だと思う。携帯のカレンダーを開いてセンターの日にちをメモして閉じた。
「逆に今ラブラブの人はモチベーション上がんだろォな」 「何?私と沖田みたいな?」 「センターまで二ヶ月かよ早ェなー」 「しかとかよ」 「ラブラブとは違くね」 「うーん…まあきゃっきゃうふふじゃないもんね」
気の弱そうな笑い方で流された。これはちょっとみょうじがショックを受けた時の反応だ。また勉強を再開しだした事が決定的証拠である。
「なまえ」 「…えっ」 「何だよ」 「今名前で呼んだ?」 「知らね」 「えー!もっかいもっかい!」 「うるせーな公式が抜ける」 「勉強してなかったくせに今更何言ってんのよ。ほら、ほら」
しかしモチベーションの即効性はないらしい。または片方に絶大なる効果があらわれるようだ。負けた感が際立って腹が立つ。
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