堕ちた先の世界 [ 21 ]

久しぶりのマグノリアの街。
そこにある風景はどこも懐かしく、愛しいはずなのに、ルーシィには何もかもが曇りがかって見えた。
夢の中のような、ぼんやりとした気持ちのままギルドの戸をくぐる。
いつもの酒場に行けば、誰かが騒ぎ、叫ぶ声が聞こえてきた。
誰が騒いでいるのか、何を騒いでいるのか、理解する前に言葉の数々が頭の中を通り過ぎていく。
これ以上悲しい言葉は聞きたくない。
それでもルーシィは、与えられた使命のように、静かに、淡々と、感情もなくナツのことを伝えた。

ナツに帰れと言われて戻ってきたこと。
ナツがルーシィを帰すために一人で大軍に立ち向かっていったこと。

それから――、
できるならナツがギルドを出て行った本当の理由や、皆を傷つけるほど焦っていた事情も、説明して弁解したい。

だからどうか、助けに行ってほしい。
このままナツを、見捨てないでほしい。

ここを出て行った自分は頼める立場ではない。
どうしてもハッピーの姿が思い浮かぶ。

ルーシィは真実を伝えたいと思う気持ちを必死に呑み込み、ナツがここに帰ってくるつもりでいること、ナツと最後に別れた場所だけを、最後に告げた。

その瞬間。

ルーシィの両側を何も言わずに何人もの魔導士が風のように走り去っていった。
迷いもなく動き出した皆のその姿を見て、ルーシィは、呆然としながら涙で視界を霞ませた。


―――よかった……でも……これで、本当によかったの?


皆の力で、ナツが望み通りここに戻ってこれたとしても、ここから評議院に向かうことになるだけで結果は変えられないのだ。
ルーシィは、俯いてその場に座り込む。
ギルドに残った数人の魔導士が、ルーシィに静かに話しかけてくる。
相槌さえ打つことができずに、ルーシィは疲れきったように目を伏せた。

それから寸刻の後、誰かが動かないルーシィをどこかに連れて行こうと抱えだす。
逃亡幇助の疑いがかかっているルーシィは、これ以上ナツに接近しては駄目だと。
しばらく評議院の目に触れないように、どこにも行かず、おとなしくここにいてほしいと説明される。

もう二度とルーシィを逃がさないように、事が収まるまで閉じ込めておくのだろう。
鍵を奪われ、連れて行かれた先はまるで、監獄のような空間だった。

ギルドの地下へと降りた先、天井は高く鉄格子で区切られた暗い空間。
ルーシィはギルドにこんな場所があったのかと他人事のようにぼんやりと考えるだけだった。


(こんなことをしなくても、もう逃げたりしないのに…)


ルーシィは、高い天井を仰ぐ。
そして静かな空間の中。
一人になってやっと。
冷静にナツから聞いた話を思い出し、振り返ることができた。


(ナツが元気をなくして、そんなナツを見て皆も元気をなくして、でもハッピーだけは元気に飛び回っていたよね…)

(毎日楽しそうに。そんなハッピーを見てみんな救われたんだよ。信じられないよ、ハッピー…。)


スカートのポケットには、ハッピーがルーシィのために残した手紙がある。
でも、それを見る勇気が出ない。
悲しい言葉は見たくない。
ルーシィは鉄格子を背にして座り込んだ。鉄の冷たい熱が、背中に伝わっていく。


 ナツのことばかりでハッピーのことを見ていなかった。
 ハッピーの様子をちゃんと見ていれば。

 ナツを助けたかったのに、私がナツの身を危険に晒していた。
 ナツを守りたかったのに、守られたのは私だった。
 ナツを残して戻ってきて、本当にこれでよかったの?

 ハッピーの様子、ナツが出て行く時、あの時に何か気付くことができていたら、何かを変えられた?

 私がもっと強かったら、ナツもハッピーも、守ることが出来た?

 私がしてきたことは、間違っていた?

 じゃあ、どうすれば、一番よかったの?


何度も何度も駆け巡る後悔と自責の念。
何度も何度も嗚咽を漏らす。
それは、泣き疲れて眠ってしまうまでずっと、繰り返し続いた。


















夢を、見た。

誰かの叫びが聞こえる。
声が聞こえる方へと見下ろすと、赤黒い炎が疾走していくのが見えた。
そして、それを追いかけるたくさんの人。

あの炎は、ナツの炎だ。
ナツがまた苦しんでる?

炎が、追いかける人に燃え移る。
慌ててその炎を消そうともがく人々。

ルーシィは、赤黒い炎に近付こうと舞い降りた。
前みたいに炎に触れても、熱くない。これは、夢だから。


―――ナツ、怒っているの?苦しんでるの?


たとえ夢でも、苦しまないでほしいとナツに手を伸ばすルーシィ。
愛しいものを抱くように、ぎゅっと抱きしめると、ナツの肩がビクリと揺らいだ。
ナツの感情が、ルーシィの体の中に流れて込んでくるように聞こえる。








―――ルーシィ?無事なのか?


―――うん。ちゃんと…フェアリーテイルに帰ってきたよ。


―――…そっか。オレはもう、無理かもしんねぇけど、


―――大丈夫、ナツなら大丈夫だよ。


―――ルーシィ…




大丈夫だよ。ナツはずっとがんばってきた。どんな敵にも何度だって立ち上がってきたんだから。

諦めないで。

待ってるよ。ずっと。

会えなくなっても。

ずっと。

待ってるから。








ルーシィの視界から徐々に薄れていく景色。
夢から覚める前に、ナツに伝われと、ルーシィは何度もそう言い続けた。







何度堕ちても、ナツなら這い上がってこれると、信じてる。

もし、無理なら、何度だって手を差し伸べるから。

私だけじゃない。きっと、皆もそう思っている。

だから。

大丈夫だよ。







視界が、開ける。
瞳から涙が零れるのを感じながら、ルーシィはぼんやりと鉄格子を眺めた。


(…ナツ)


ここにいる以上、自分には何もできない。
願うことしか、できないんだ。







「ルーシィ!」







ルーシィは背後から呼ばれた声に驚いて振り返る。
目覚めたばかりとはいえ、人の気配は感じられなかった。


「……ロキ?」


鉄格子を隔てた向こう側に、星霊としての着衣をまとう、獅子宮の星霊が立っていた。
獅子宮の星霊がルーシィに向けて手を伸ばす。
その手の先に、きらりと鍵が光った。



「僕の力を使えば、ここから出られる。ルーシィ、もう一度僕のオーナーになってくれ。」

「…え」

「このままじゃ…このままナツに会えずに終わったら…ルーシィは後悔するだろ?……だから、一緒に行こう!ナツがいるところに!」




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