初恋の作り方

昨夜、突然熱が出た。ハードな練習のせいなのか、梅雨ということもあって雨に打たれたせいなのか。どちらにせよ、身体がだるくて、どんよりと頭が重くてなんともすっきりしねぇ。
目は覚ましたものの、どうしても起床する気になれず、俺はベッドの上でぐずぐずとしていた。
名前いわく、疲労じゃないかってことだけど……やっぱ、生活環境の激変が影響してるんじゃないかと思う。毎日演技練習の日々。環境の違いに、そりゃ身体もびっくりするだろうな。
時間を見ると、ちょうど朝食の時間。今頃みんな、楽しく食事をしてるんだろう。深々とため息をついた時だった。不意に、扉をノックする音が聞こえた。

『莇くん、名前です。起きてる?』

扉の向こうから、おっとりと柔らかい声が聞こえてきた。名前だ。俺ははっとして身を起こす。

「何の用?」

そう言うと静かに扉が開いて、土鍋のようなものを乗せた盆を持った名前が入って来る。

『具合はどう?』

「見てわからねぇのかよ。最悪だ」

『だからといって、何も食べないのは良くないよ。治す為には体力をつけなきゃいけないし、お薬だって飲まなきゃいけないでしょ。お粥だったら、食べられるんじゃないかなと思って』

にっこりと笑いながら名前はベッドの傍らに歩み寄り、サイドテーブルに盆を置く。
え……俺のためにわざわざ?健気というか、真摯というか。
身体が熱くなる。また、熱が上がったのだろうか。

「悪ぃな。多分アレだ。アンタが言ってたように、疲労ってやつ。心配要らねぇよ。今日1日大人しくしてれば、治る」

入団したばかりで名前とはまだあんま話をしてないから、どうしても変な緊張感が先に立ってしまう。髪や美容に関する件以外に、女と絡むことがないから尚更だ。

『それは良かった。疲労回復によく効く薬膳粥を作ってきたの。私も小さい頃熱が出たら、お母さんによく作ってもらってたのよ。だから、莇くんも直ぐに良くなるわ』

「ふーん、名前の手作りってわけ」

蓋を取ると、美味しそうなにおいがふわっと立ち上がる。

『莇くんの口に合えばいいけど』

小ぶりのお椀に粥をとりわけながら、名前ははにかむようにそう言った。
あまり親しくもない俺の為にこんなにも真摯になってくれて、柄にもなく感動してしまう。

『冷めないうちに召し上がれ!』

「あ、ああ……」

俺は慌てて起き上がった。急に起き上がったせいで、くらりと眩暈を起こす。

『まだ顔色がよくないみたい。莇くんは横になってて』

「あ?それじゃ、食べられねぇだろうが」

そう言うと名前はにっこりと微笑んで、身体を起こし掛けた俺の背中に枕を重ねて背もたれを作り、そっと寄りかからせてくれる。
まじ、気が回る女だな。こんな女初めてだ。
その名前はお粥を匙で掬い取って、ふーふーと息を吹きかけている。まさかこれって、恋愛ドラマや漫画なんかに見られる、ベタなシチュエーションなんじゃ。

『はい……あーんして』

「はあ?んな事、恥ずかしくてできるかっ!ばかじゃねぇ」

声を荒げた。いろいろ気遣ってくれるのはありがてぇけど、だからってこんなクソ恥ずかしいこと、死んでもできねぇ。クソメガネに知られたら、からかわれる。だが……

『莇くんの為に、頑張って作ったのに』

悲しそうな表情をする名前を見て、プライドより感情が勝ってしまった。
俺はゆっくりと、静かに口を開く。そうっと匙が運ばれてくる。俺はぱくんと口を閉じて、適温になったお粥をゆっくりと飲み込んだ。

『どう?』

ちょっと不安そうな顔をして、俺の表情をうかがうように聞いてくる名前。
慣れてないっていうのもあるだろうが、こういうことされっと、なんつーか反応に困る。

「え…あ、美味しい」

思わず、素直な言葉が出てしまった。

『良かった。じゃあ、もうひと口』

嬉しそうな名前を見て、俺まで何だか嬉しくなる。密室で誰も見ていないとはいえ、この行為、めちゃくちゃ恥ずかしすぎるだろ!でもまあ、名前が喜んでくれるならそれでもいいかと思う。

『はい、あーん』

「………」

すげぇ恥ずかしいのを我慢しつつ、何度もその行為を繰り返し……結局、鍋いっぱいのお粥を全部平らげてしまった。
名前は、使った食器を手早くまとめて盆に戻す。今時の女にしては家庭的っていうか、こういう人をいい奥さんなるタイプっていうんだろうな。

prev * 2/2 * next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -