▼ 後日来店時のセクハラ 前編1
先日、トイレであんな事になってしまったが、懲りずに来てしまった私。
しかも、今日は有給だったから、いつものスーツなんかじゃなくて、ちゃんとドレスで着飾ってきた!
(といっても、結婚式でよく着るワンピなんだけどさ…)
「いらっしゃいませ。早苗様。ようこそホストクラブCatsle keepへ」
店のドアを開けるとまさかの光長さんがお出迎えをしてくれる。
黒のスーツを身に纏い、背が高く、均整の取れたまるで外国人モデルの様な体型でいい男オーラ全開の彼に驚いて固まってしまう。整った顔立ちに、乱れなくスタイリングされた漆黒の髪の毛。ただよう香水の匂いも爽やかで控え目で心地よく、全てが計算され尽くした完璧な男の美しさを誇っていた。
「光長さん!」
「話は政宗さん達から聞いてます。今日は一緒に楽しみましょう?」
ずっと夢に見ていた、綺麗な笑顔と低くて甘い声が私に向けられると、それだけで心は蕩けてしまい、頬は赤くなる。
やっぱりこれよ!
ホストクラブにはこういうときめきが必要なの!!
「こちらこそ、よろしくお願いします!ずっと今日を楽しみにしてました!」
「ちょっ!?そんなに頭下げなくて大丈夫ですから!」
思いの丈を叫びながら深々と頭を下げれば、
驚いたNo1ホストが慌てる。
「聞いてた通りの綺麗で面白いお客様ですね。こちらにどうぞ」
そう手を差し伸べられたので、そっと自分のそれを重ねる。
光長さんがフロアに現れれば、それだけでお客は色めき立つ。
至るテーブルから聞こえる黄色い歓声。
彼自身が、このホストクラブ全体に灯りを照らす豪勢なシャンデリアみたいなものだと思う。
キラキラと輝きを放って、誰もが羨望の眼差しを向け、決して掴むことの出来ない遠い存在。
けれども、今、私はその光長さんの隣に立っているのだ。
しかも、彼は歩く速度を私のペースに合わせ、いつの間にか腰に手が添えられていた。
「光長さん、ここって…」
「VIPルームです。政宗さんたちからこちらで一緒に過ごす様にと用意していただきました。何も心配ありませんよ?」
そんな風にスマートにエスコートされて連れて来られたのは、VIPルームだった。まさかの展開に戸惑えば、彼はそんな私を安心させる様に笑顔を見せてくれる。
政宗、good job!!
前回のあれは事故として水に流そうと心に決めたよ。
「どうぞ、お足元にお気をつけ下さい」
そして、扉が開いたその向こうには……
「あ、早苗、やっと来たか!遅かったな!」
「待ちくたびれたぞ、全く。にしても、今日はスーツじゃないのか」
目を疑った。
なんと、いつもみたいに白のスーツの政宗と濃紺のスーツの弓月が深紅のベロアの明らかに高級そうなソファにふんぞり返って座っていたのだ。しかも、アンティークの重厚なテーブルの上には食い散らかされたオードブルの残骸や既に空になったお酒のボトルが数本転がっており、VIPルームに相応しくない光景が繰り広げられていた。
「げっ!?あんたたち…!なんでいるの!?」
思わず凍り付いて立ち尽くしてしまう。
「ちょっ!政宗さんも弓月さんもお客様の前なんだからちゃんとして!カッコ悪いよ!」
その横で呆れている光長さんの口調は後輩じゃなくてなんだかお母さんみたい。そのまま、彼はてきぱきと散らかったテーブルを片付け始めた。
「政宗!弓月!集合!!」
その間に部屋の隅に二人を集合させ、まるで部活の負け試合後の反省会みたいな円陣を組ませた。
「政宗!どーゆー事なの!?光長さんと二人で飲めるんじゃなかったの!?」
「え?俺は会わせてやるって言っただけだぜ?」
「そうだな。一緒に飲めるって言っただけで、二人きりとは一言も言ってなかったぞ。政宗は」
鬼コーチさながらに問い詰めても、とぼける政宗と小馬鹿にする弓月。
くっそー!!コイツら!!
ニヤニヤとしてやったり顔の二人に怒りを覚えるも、自分もしっかり確認せずに浮かれていたから仕方ない。
「さ、お待たせしました。こちらへどうぞ」
テーブルを綺麗にした光長さんは、私を呼び寄せる。ソファの真ん中に座り、右隣には念願の光長さんがついてくれた。あの二人はソファの左端から私達を見物している謎の状況で、夢の時間は始まりを告げた。
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