▼ 突然の部屋替え
「部屋替え!?」
朝、寮の掲示板に貼り出された通知を見て驚いた。
私だけ別の寮へ移る事が決まったのだ。
「何でこんな時期に都だけ…」
「やったぁ!トイレ掃除からの解放だ!!」
首をかしげる友達をそっちのけに、ペナルティからの解放に酔いしれていた。
「ちょっと、ちゃんと最後まで内容読んだ?移動先、東館だって」
ところが、友人の冷静な言葉に現実に戻される。
「えっ?東館!?あのまったく使われてなかった?」
学生の寮は西館と南館と決められているはずなのに、その正反対の東館なんて…
建物も古くて普通の寮よりもかなり小さい。おまけに人気のない場所だから幽霊が出るなんて噂まである。
しかも、掲示板の紙をよく見ると、不思議な事が書いてあった。
「なんで三人なの…?」
今回私はあの例の転校生の紗耶さんと麻耶さんの二人と一緒に三人部屋になった。
原則二人一部屋のはずなのにおかしい。
寮長の先生に今回の変更の理由を聞いてもきちんとした理由は教えてもらえなかった。
紗耶さんが同室なのは大歓迎だけど、麻耶さんも同じというのが気が重い。
あの口論をした日から犬猿の仲なのだ。
いきなりの環境の変化に不安を覚えた。
その日の放課後、荷造りを済ませてさっそく東館へ向かった。
古いレンガ造りの建物で、壁に蔦が伸びている。
木々に囲まれて鬱蒼とした洋館に、今日まで最新設備の寮での生活に慣れていた私の不安はかなり煽られた。けれども、通知があった以上はもう戻る事も出来ないため、意を決して呼び鈴を鳴らした。
「ようこそ!都さん待ってたわ!今日からよろしくね!」
「こちらこそ、よろしく」
彫刻が施された重厚な造りの扉が開くと私服のワンピースを身に着けた紗耶さんが出迎えてくれる。
「意外と荷物少ないのね」
「うん! 必要なものだけだから」
キャリーケースとリュックと段ボール一箱だけでやってきた私。
「さ、お部屋まで案内するわ」
すると、紗耶さんが段ボールを持ってくれた。
教科書や本ばかりだから重たいはずなのに、軽々と運んでいる。
おしとやかに見えて、意外に力持ちな事に驚きながらも後に続く。
きょろきょろと周囲を見渡すと、内装は外観から想像できないくらいに綺麗で落ち着いていて、なんだかヨーロッパの貴族の屋敷を思わせるようなおしゃれなものだった。
「ここがあなたの部屋よ」
二階に上がるとたくさんの部屋が並んでおり、階段のすぐそばの部屋のドアを開けてくれる紗耶さん。
「すごい!キレイ!」
前の2人部屋よりも広くて、大きなベッドやソファまである。前の部屋は二段ベッドとデスクだけだったので、テンションが上がってしまう。(お嬢様学校ではあるけれど、教育方針で寮の室内は最低限の家具に抑えてあったため。)
デスクや小さなテーブルも全てアンティーク調のもので、高級なものだと素人目にみても一発でわかる。荷物を置くと、紗耶さんが再び私を廊下に連れ出す。
「私の部屋は右で、麻耶の部屋は左になるわ」
「そういえば、麻耶さんは?」
「あの子は寝てるから放っておいて大丈夫。会った時にでもあいさつしてやって。じゃあ、寮の施設案内するわね」
そのまま紗耶さんに連れられて、寮の中を見学する。一階には広いリビングとキッチン、テラスまである。外観と違って全てキレイにリフォームされていて、普通の寮よりもむしろ過ごし易い感じ。周りながら大まかに寮内の配置やルールを教えてもらった。
「これで説明は終わり。何か質問ある?」
案内が終わり部屋の前に戻ってきた私達。
「あのさ…さっきからずっと思ってたんだけど、私達以外誰もいないし、三人部屋ってもしかして…」
「気がついた?」
ふふっと小さな悪戯が成功したという可愛らしい笑顔を浮かべる紗耶さん。
「そう。この東館自体が私達三人だけの寮なの」
「え!?そんな事できるの?」
「うん。私達、海外留学から帰ってきたばかりって事もあって、融通を利かせてもらって寮は他の人達とは別にしてもらったの。それに、理事長の孫って事もあるから、皆に気を使わせても申し訳ないし…」
「そうなんだ…だったらなんで私がここに…」
「やっぱり姉妹二人だけだと寂しくて…それでおばあ様に相談したのね。そうしたら、誰かルームメイトを増やしたらどうだって提案されて、私があなたを推薦したの」
なんと!そんな理由だったのか!
そりゃ先生もごまかす訳だわ。私もこれは人に言えない。
「この間、放課後に都さんと話してもっと仲良くなりたいって思ったから、来てくれるのを本当に楽しみにしてたの。麻耶の事は不安だと思うけど、私が監視してるから安心して!」
安心してと言わんばかりにぎゅっと私の手を握る紗耶さん。
「そっか。ありがとう。よろしくね」
私も応える様に手を添える。
「もちろん。荷ほどき、よかったら手伝うよ?」
「ほんとに!?ありがとう!助かる!」
「あと、紗耶さんって言うのはやめてくれない?」
「え?でも…」
「ルームメイトなんだから、紗耶って呼んで?」
こうして、荷物整理を手伝ってもらいながら色んな話をする。
不安を感じていた新たな寮での生活は良いスタートを切った。
「麻耶さん!また私のお菓子食べたでしょ!」
新生活に慣れてきたある日、キッチンの自分の棚に置いてあったチョコレートがなくなっている。犯人は一人しか思い当たらない。
「だって、そこに置いてあったから」
リビングのソファでごろついてる麻耶さんを問いただせば、悪びれる事もなくあっさり自分の罪を認める。
「名前書いてあったのに、どうして食べるのよ!しかも、あれ限定品だったのに!」
「いいじゃない。あんたなんかよりもかわいい私に食べてもらった方がお菓子も嬉しいに決まってるし。あれ、おいしかったわ。あ・り・が・と」
ワケわかんない理屈を並べて、小馬鹿にするようにけらけらと笑いながら自分の部屋に戻ってしまうルームメイト。
「もー!ムカつく!」
その後ろ姿を見た私は怒り爆発で地団駄を踏む。
でも、いくら怒っても、ここ1週間毎日購買に通ってやっとゲットした限定チョコは返ってこない。一緒の部屋になってからまだ数週間しか経っていないのに、案の定、麻耶さんとはすでに何度もこーゆー事でケンカをしていた。
「あの子は放っておいて、私と一緒に紅茶を飲まない?おいしいクッキーもらったから」
「紗耶ありがとう!」
そんな時、紗耶が必ず仲裁やこうやってフォローをしてくれる。
麻耶さんとの関係以外はおおむね楽しい学園生活を送っていた。
けれども、そんな日常にも突然さらなる変化が襲いかかる。
「今日はもう寮で休みなさいね。お大事に」
「はい…ありがとうございました」
朝から身体が怠く、3時間目が終わったところで医務室に行った。思った通り熱があったため、診察を受けて薬をもらって寮の部屋へと一人で戻る。
「ただいま…」
誰もいないはずなのにそう呟きながら玄関を開ける。
そのまま、リビングに通りかかるととんでもないものが目に入ってきた。
「ちょっ!?なんでいるの!?」
驚いて声をあげるその人を見れば、その顔は紗耶だけど、目線を落とせば露になっている上半身は細い割にしっかりとした胸板と割れた腹筋。
「マジかよ…」
しかも、その奥には、なぜかこんな時間にお風呂上がりでこれまた上半身裸をさらしている男性がいる。
「………」
目の前の光景があり得なさすぎて、思考も何もかもが一旦停止する。
「おっ!男ーーー!!」
あまりにびっくりした私は少し時間を置いて状況を理解して、やっと大きな声で叫ぶ事ができた。
2017.5.26
天野屋 遥か
天野屋 遥か
prev / next