love that I need(前編)



「おあいて、大丈夫だって。カッコいいからすぐにまた新しく彼女出来るよ?」

テーブルを挟んで大きな身体をしょんぼりと小さくしている親友に声を掛ける。
彼の前にはすでに空になったビールの缶が五本ほど並んでいた。

「大方、お前が他の女にいい顔ばかりしてるから愛想尽かされたんじゃないのか?」

同じくビール缶に口を付けている恋人は、傷付いている親友に対してはあまりに辛辣な言葉をかけた。

「おあいて2!そんな酷い事言っちゃだめでしょ!おあいてがこんなに落ち込んでるのに…!」

思わず叱ると、彼は自分自身が好きな猫の様にびくりと身体を震わせた。

「…外で煙草吸ってくる」

気まずそうに視線を逸らし、席を外すおあいて2。

「おあいて2はあんな事言ってるけど、気にしないで」

「…ありがとう」

力無く微笑んでみせるおあいて。
今日は彼氏のおあいて2が独りで暮らしている1Kのマンションで、彼女にフラれたおあいてを励ます飲み会が開かれた。ものの少ない白を基調としたシンプルな部屋にいるのは私達3人だけ。敷かれたラグに座り、テーブルを囲んでいる私達。
元々大学で講義のクラスが一緒で3人で仲が良くて、私とおあいて2が付き合うようになってからも3人でよくこうやって遊んでた。
私達は付き合ってもう一年以上経つけれど、その間におあいての彼女は会う度に違う女の子に何度も代わっていた。

おあいてはまたビールの缶に口を付ける。
いつもはオシャレなワインとかを好むけれど、こうしてむしゃくしゃしている時はビールを浴びるように飲むのも知っていた。

「…僕がなんで彼女と続かないか知ってる?」

「わかんない。おあいてがかっこいいから不安になったりするんじゃないの?」

私の答えに目を伏せたまま自嘲気味に笑みを深める友人。俯いて垂れたその漆黒の前髪が寂しそうに揺れていた。

「いつも、"私の事見てない"って言われてフラれるんだ」

その重さに返す言葉が見つからなくて、静まりかえった部屋。すると、カラカラと窓の開く音がして、ベランダで煙草を吸っていたおあいて2が外から冷気を連れて戻ってくる。冷えゆく部屋で隣に座る布地の擦れる音だけがした。


「…当たり前だよ、ほんとはなまえちゃんの事がずっと好きだったんだから」

おあいてのいつもよりも小さく溜息みたいな諦めの声が、静まり返った部屋で妙にはっきりと浮き彫りになる。

待って…?
今、何て言った?

信じられなくて呆然とする。

「僕もおあいて2に負けないくらい好きなんだよ?でも、おあいて2は大切な親友だし…何より君達はお似合いだったから…」

苦痛に耐える様に顔を歪めながら、自身の気持ちを吐露していく。

「僕だってなまえちゃんの事が本当は好きだった…」

正面から強い視線で見つめられて、想いを口にする友人。
余りに強いその眼差しに私の心が焦がされて苦しくなる。けれども、そんな強さとは裏腹に満ちていく水に瞳が沈んでいく。

「でも僕もやっぱり諦められないよ…」

再び黒色の瞳から涙が零れ始めた。
けれども、この涙は先程までのものとは意味が違う。私のせいで流れる涙がおあいてを濡らしている。

「おあいて2が羨ましかった…僕だって本当はなまえちゃんとデートして、キスして、セックスしたかった。でも、奪う事なんてできなくて。なまえちゃんもおあいて2のこと大好きだって、みてるだけで伝わってきたから…だからなまえちゃんに似た子で隙間を埋めようとして…」

泣きじゃくりながら、悲痛な面持ちで私への想いや心中を吐露する友人。
いつも笑顔で周囲を気遣う彼からは想像が出来ない。本音がぶつけられて、けれどもそれには応えられる筈もなかった。

「おあいて…」

俯いて目を真っ赤にして鼻をぐすぐす鳴らしている彼の名前を呼ぶ事しか出来ない。
困惑する。彼氏がいる目の前でのいきなりの告白にどうしていいのかわからない。
恋人の方に視線を向けると、彼はいつもの無表情のまま。
気まずい沈黙で部屋の中が再び静まり返った。


「…じゃあ、なまえを俺達二人のものにするか?」

やっと口を開いたと思えば、そのおあいて2の言葉は衝撃的だった。

「ちょっと!何言ってんの!?」

「おあいて…?」

「俺は本気だ。なまえも前に言ってただろ?俺より先におあいてに出会っていたら付き合っていたと」

戸惑う私達を余所に淡々と言葉を続けるおあいて2。

「それは…確かにそんな事も言ってたけど…」

おあいて2との繋がりでおあいてと知り合ったのだ。
すでにおあいて2に想いを寄せていた私は友情以上の想いへと進化させることはなかったけれど、おあいての少し口うるさい所は母親を思い出させるけれど、優しくて素敵だったから、もしおあいて2と出会ってなければ付き合いたいと思った事もあった。

「だったら何の問題がある?」

強い眼差しで見つめられてしまえば、何も言い返せない。
恋人の精悍な顔は感情を読み取らせなかった。

「元々、俺達は3人でつるんでいたのだから、問題ないだろ?違うか?」

肩を引き寄せて、耳許で囁くおあいて2。
甘さを帯びた落ち着いた低い声が耳を撫でると、それだけでぞくりと快感が走る。

「おあいて2?…」

目の前で始まった睦み事に、おあいても涙が止まり戸惑い始める。

「おあいて2…ちょっ…ん…」

口答えは許さないと、いきなりキスをされる。
友人のいる前でそんな事は恥ずかしいと抵抗して胸板を両手で押し返そうとするけれど、そんな事はさせないと言わんばかりに舌を入れられて溶かされるかのような深いキスをされ、勢いをなくした指は圧力に負けて頼りなく折れ曲がっていく。
そうして力が抜けてしまった身体は易々と抱えられて、ベッドへと運ばれた。

「おい、おあいて」

頭に酸素の回っていない私はぼんやりとベッドの縁に座り、親友を呼ぶ恋人を見つめる。

「なまえを抱きたいんだろう?だったら、思うようにすればいい」

「えっ…」

この人は何を言い出すんだろう?
分からない。

「おあいて2、自分で何を言ってるのか分かってる?」

「当たり前だ」

おあいて2は一切の迷いなく私の服に手をかけた。


2017.4.26
天野屋 遥か



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