嘘2



「先輩…」

「ごめんね…帰りたくないの…」

帰り道、別れる所で俺の胸に飛び込んできたあの人。
プロジェクトの打ち上げの後に、なぜか二人きりで飲むことになった。
そこで、彼女が初めて婚約者に対して抱いている寂しさを目の当たりにした。

いつもの自信溢れる姿と違い、其処にいたのはただの無力な女だった。
俺の胸にすがり付く、恋い焦がれた人を振り払う事なんて出来なくて…

「先輩…俺…」

「おあいて君…私…あの人がいるのに…」

「後悔しません。俺はずっと先輩が好きだったんで…」

そのまま、ホテルに入って関係を持ってしまった。


「おあいて君…ごめんね…」

それ以来、あの人は都合の良い時だけ俺を呼んだ。
行為が終わった後、いつも申し訳なさそうに謝罪の言葉を溢すのにも慣れた。
それでもいいと思ってた。
婚約者が忙しくて会えない寂しさを俺で埋めていただけだとしても。
俺の事はかわいい後輩としか思ってなくても。

甘くて幸せで辛かった時間。

肌を重ねても、心の距離は遠くて。
どんなに欲しくても、心は他人のもので。
それに耐えきれなくて、でも全てを捨てて奪う勇気なんてなくて、結果、俺は逃げたんだ。


ずっと思い出さない様にしていた記憶が一気に押し寄せて来て溺れそうになる。
振り払う様に指の動きを速めれば、縋りつく俺を引き上げるように花びらは絡み付いてくる。

「あぁ…!」

そのままみょうじが大きく鳴いて、俺の指を締め付けた。
その感覚で、我へと返る。
まるで、酷く悪い夢を見て目覚めた時の様な冷や汗と動悸に見舞われていた。

過去にそんな経験をしてしまった俺は真っ直ぐに熱くなることなんて最早出来なくなった。
心の何処かに妙に冷めたとこがある。
まぁ、その分冷静に物事を考えて見極める事が出来る様にはなったけれど、随分と擦れた人間になってしまった。
それでも、リーダーとしては慕われてるのも事実で。
元々,学生時代も部活のキャプテンやったりとか、生徒会長もした事あった位に率先して皆の先頭に立って引っ張っていくしタイプだったから、面倒見はいいからだと思う。


「先輩…」

繋がったまま、寂しそうに俺を呼ぶ声。
こうなってはいけないと思いながらも、とうとう身体を結んでしまった俺達。

勿論、お前の気持ちにも気付いてた。
ふと、俺を遠くから見つめるその視線が、寂しそうでそれでいて強く求めている印象を受けた。
それは、あの当時、俺があの人へ向けていたものと同じだろう。

「なまえ…」

初めて名前で呼ぶ。
今はベッドの上で彼女を跨らせており、スプリングを軋ませながらその汗ばんだ頬をそっと撫でた。
細い腰を両手で掴んで、

今度はそんな自分自身が大切な後輩に同じ事をしている。
まぁ、決まった相手がいないだけマシだけどさ。
けれども、応える気持ちが無い癖に身体を繋げてしまうのは最低だと分かっている。

形のよい胸の膨らみが揺れている。
その白い房を彩る先端に吸い付けば、甘い声を上げた。

「おあいて先輩…好きです…」

その言葉に心が痛んだ。
今の俺は応えてやる事は出来ない。
今日、あの人に会って、やっぱりまだ忘れられていないと自覚した。
あの意地悪な質問に切り返した時の微笑みが、成長したと誉められているようなそんな気がして。

何も言えずに、ただ快感の渦に飲まれたくて、君を沈めたくて。
腰の動きを速める。

「愛してます…」

それでも、譫言の様に喘ぎながらそう溢すなまえ。
まるで、大事にしてきた花を自分の手で手折る様な、そんな辛さや寂しさとと快感で同時に満たされる複雑な気分だった。

繋がっても決して埋まらない溝。

身体はこんなにも近いのに。
潤んだ粘膜は境界線すら曖昧にしているのに…

繋げてしまったからこそ、欲しくても手に入らない辛さは骨の髄まで染みていく。

それを知ってるのに、俺は…

コイツを愛せたら
どんなに楽になれるだろう。
どんなに救われるだろう。

自分に言い聞かせる様に、一心に彼女に腰を打ち付ければ、嬉しそうに彼女の胎内は俺に吸い付いていた。

「愛してる…」

「先輩……」

この瞬間だけは、そう思いたかった。


2016.3.28
天野屋 遥か


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