だけど僕は(後編)2



「何言ってんだよ!あんな奴なんて…!」

「わかるよ…おあいて君が心配してくれてるって…でも私は…」

泣きながら、それでもおあいて2が好きだと俺の心を抉る様な事を言う。

あの野郎はコイツに一体何をしたんだ!?
まるで、宗教の教祖と信者みてぇじゃねぇか。
盲目に崇拝してる様にしか見えない。

「最低なんだよ!俺にお前とのデート任せて自分は他の女に会いに行くような男なんだぜ!?アイツは!」

思わず両肩を掴んで、大きな声で訴える。
現実を見ろとまるで覆っているベールを取り払う様に身体を揺さぶった。

「俺はお前みたいな女がそんな男に騙されて傷つけられるの見たくないんだよ」

「でも…おあいて2君は私にとって王子様なの…いつも優しくてキラキラしてて…小学校の頃から憧れてた人だったから…」

どれだけ目を覚ませと訴えても、涙を流しながら頑なにアイツへの気持ちを口にするだけのなまえ。
全く軟化しない態度に、段々と肩を掴んでいた力も抜けていく。
そして、このやるせない思いをどうしてよいかわからず、ただアイツを見つめたまま次の言葉を待った。

「心配してくれて本当にありがとう。でも、遊びでもいいの…」

暫くの沈黙の後に泣き腫らした顔で真っ直ぐ俺をみつめてそう告げるなまえに、どうにか救いたいという気持ちは一層強くなるばかりだった。

「んな事言われて放っておける訳ねぇだろ…!俺にとってお前は…「もういいから!お願いだから放っておいて…!」

ところがそんな俺の気持ちとは裏腹に、お前は大きな声で叫んで残酷に言葉を遮った。

その瞬間、何かが崩れ落ちていく大きな音が耳の中に響き、同時に自分の気持ちが足下にされ、ぐりぐりと形がなくなるまで踏み潰された感覚に襲われた。

…なぁ、なんでだ?
どうしてこんなに上手くいかない?

あの時とは違って、お前を守りたいと思ったのに…
救いたいと願っているのに…

どうしてわかんねぇんだよ…!



「ちょっ!?おあいて君やめて!!」

頭に血が上って、気づいた時にはなまえを押し倒して服を引き剥がしていた。
視線を落とせば剥き出された白い胸元が俺を誘い、性質の悪い悪意が芽生える。

あの時はわざとじゃなかった。

今は、違う。

傷付けてやりたいとさえ思う。

暗く冴え冴えとした感情が心の奥底から頭をもたげてくる。空気すら斬り裂きそうに研ぎ澄まされた刃みたいなそんな悪意を自分の内側に感じた。

あの頃よりもずっと大人になった俺は、どういう行いがアイツを傷つける事に効果的なのかはすぐに分かる。

この果実に手を伸ばしてしまえば二度とこの楽園には戻ってこれないとは知りながらも、その誘惑に抗える程の良心なんて俺にはない。

拒絶するなら、それを後悔させてやるだけだ。


肌のぶつかり合う音と二人の息遣いだけが響く。
床には散乱している衣服。
その中心で俺はなまえを組み敷いていた。

もう、すでに時計の長針が頂点を指し示すのを数回は見ただろうか。その間、ずっとのし掛かり、なまえの中を犯していた。

「も…やだぁっ…お願い…」

俺の下で泣きながら抗うなまえ。
それでも、暴いてしまった弱い場所を刺激する事は止めない。

「おあいて君…止めて…」

その悲痛な叫びを聞いても、もはや言葉も何も出て来ない。

だってそうだろう?
泣かせているのは俺なのに、今更何を言う資格がある?

遠い記憶にあるなまえの顔は困ったり泣いたりした表情だけだった。
そして、今もまた同じ表情をさせている。
愚かな俺自身の行いで。

あぁ、あの頃と何も変わっちゃいなかったんだ。

「やあっ!」

俺の下で絶頂を迎えるなまえ。
その胎内は俺を締め付ける。
 
「なまえ…ごめんな」

唇から零れたのは届かない言葉。

いつまで経っても変われなかった俺。
この惨めな気持ちから逃れたくて、縋る様になまえを抱き締めた。


全て終わった後に残ったのは、案の定後悔だけ。

愛しいはずの女は、俺がぶつけた欲望に塗れて動かなくなっていた。自分の身支度をし、失神したままの彼女の身を清める。丁寧に、俺の痕跡が消える様に、タオルでその身体を拭っていった。

今回俺がつけてしまった傷は、あの時とは比べ物にならないくらい深いもの。

だけど俺は…

意識を失っているなまえのかつて傷があった場所にそっと唇を重ねた。



 
2015.8.15
天野屋 遥か




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