昏い終わりのその前に

「今、死にたいかも」

柄にもなく、へにゃりと眉を下げて笑ったセッツァーに、その発言に、エドガーはぎょっとして息を呑んだ。

「陛下ァ、すごい変なカオしてるよ」
「せ、セツ?」

美形が台無し、とけらけら笑う彼の人は随分と楽しそうで、先程の不穏な発言はどうなのか、と頭を抱えたくなる。
熱でもあるのか、何処かぶつけたのではないかとあくせくセッツァーの身体を調べてみても大丈夫な様で、酔っているか、否、そんなはずもなく。
薄い身体は唯、白いばかり。

「何処触ってんのー」

普段なら、勝手に触るな変態と散々悪口雑言振り撒くくせに、上機嫌な彼の人はエドガーの手を妨げることはせず。
うっすら油を得たような綺羅としたアメジストを細めて首に腕を回してくる。

「セツ、どうしたの」
「何が。あー、落ち着く」

ぴたりと頬を押し付けて尚も抱き付いた儘、勝手に人のリボンを解いたから、まったく、何がしたいんだと抱き締めてやれば、薄く笑う声が聞こえた。
ふ、と息を吐くような、鼻の奥を震わせるような音にも成らない声を上げて、見えなくても唇を弧に歪ませているのが判る。
セッツァー、と。
窘めるように呟いた筈の名前は、彼の唇に依って気管に逆戻りした。

「エドガー。俺ねぇ、」

さくら色の一対の唇はひっそり、確かな音を紡いで言の葉を落とす。

「死ぬなら、空で、って決めてたのよ」

やっぱり物騒な発言に、でも嗚呼、此の人は本気で話しているのだと判ったから、敢えて水は差さず。
うん、と相槌を打つ。

「でもさぁ、今になって、どうせ死ぬなら、こんな身体でもアンタに引き取って欲しいなぁって、思ったワケですよ」

再びへにゃりと笑って、あ、要らないなら棄てて良いけど、と付け足す。
勿論要るに決まっていると慌てて言えば、陛下は物好きで良かったと心底嬉しそうに声が謳った。

「でね、更に考えるとさ、アンタの知らないトコで勝手に死んじゃうってのも中々薄情な話でショ?ほら、探すのだって大変だしさ」

大分常識外れな話である。
そもそも、此の人が死んでしまったら等と考えるだけでエドガーの背筋はぞくぞくと震えるのに、当の本人は、これから死にに行きますよ、とでも言うようにいけしゃあしゃあと並べ立てるものだから、もうどう反応していいかわからない。

「で、思ったの。今アンタが殺してくれたら、其れはソレで俺、幸せかもって」
「…私を殺人者にするつもりかね」

セッツァーの細い指がエドガーの指を絡め取り、しっくりと嵌まると、その体温の低さがありありと伝わってくる。

「殺してくれないでしょう?」

問い掛けとも確認ともつかない声。
答えるわけにもいかずしどろもどろしていると、膝に乗った彼の人が体重の掛け方を変えたらしい、身体は傾いてベッドに仰向けに倒れる。

「わ、」

押し倒される形になり、宙から降る銀髪がレースのカーテンのように彼の顔を縁取っていた。
彼は、無邪気に笑っていた。

「だから、俺、陛下の上で腹上死したい」

何を言い出すんだと目を瞬かせてみても、セッツァーは相変わらずに笑ってばかり。
それなら陛下は殺人者にならなくて済むし、身体は此処に在るから捜さなくて良いし、俺はアンタに愛されたまま死ねる訳だし、良い事尽くめじゃないか、と真面目に諭された。

「そんな間抜けな死に方は、私だったら嫌だけれど…」
「そう?陛下と繋がったまま、見えるのも感じるのも陛下だけって幸せじゃないの」

セッツァーの瞳が恍惚に煌めく。
嗚呼、此の人は真に己の事が好きなのだと、唯、其れを伝えたかっただけなのだと、エドガーは知り得て急に愛おしさが込み上げるのがわかった。


「死ななくとも天国は見られるだろう?」

自らの上に乗るセッツァーの腰を抱き寄せて、その薔薇色に染まった唇を啄む。
くつくつと喉の奥を焼く嗤いを、此の人を喰い殺してしまうのではないかとの思いを抱いたまま、殺人者は殺し文句を首に掛けた。

「連れて行ってあげよう、生きたまま」


(2008.02.13)




昏い終わりのその前に、
(貴方を感じて、壊れるならば、)


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