亡くした林檎を探しに
銀色の声が響いた。
さあね。どうだかね。
嘘つきな少年は狼に食べられてしまうんだよ。言えば銀色の声はにやりと笑った。
嘘つきは美味しいんだろう。きっとそうだろう。
罪の味は林檎味だ。甘酸っぱい味がするのさ。初恋の味だ。罪の味だ。
嘘つきな大人も美味しいかね。言えば銀色の睫毛は瞬きをした。
さあね。どうだかね。自分の舌にでも聞いてみたら如何だい?
そこでああ悲しいかな、嘘は甘い。甘いのだった。
銀色の睫毛は昔から銀色で、銀色の声は昔から銀色だったか。
幸か不幸か判らないがそれはちがうのだった。私は知っていたのだった。
彼は真黒だったのか。真白だったのか。今は何色をしているのか。悲しいかな、わからないのであった。
彼は嘘つきなのだった。
(もっとも、私が其れではないという否定は出来ない。)
林檎の味なんて私は教えていなかった。私が知っているのはもう既に彼に染み付いた甘い甘い苦い煙草の味だったのだ。
ああ、罪の味がする、なんて答えた彼は啄む口付けを何処かに忘れた鳥、綺麗な羽根は誰かに愛玩されたあとだった。それを咎めるほど心の狭い、棚に上げなければならない事実が少ない男ではないつもりだったので素直に両手を広げた、そうしたら予想外にも素直に飛び込んできたのだった。
林檎の味なんて私は見つけられなかった。
何しろ銀色の声は嘘ばかり(と言っては怒られるだろうが)なのだ。如何して判るはずがあろう。
悲しいかな、それは浅ましくも嫉妬なのであった。
銀色の声が響いた。
なあ、今からアンタに本当のことを言います。
続く。
信じなくても、いいよ。笑ってくれて構わない。俺は嘘つきだ。アンタも知っているだろう。
更に続く。
アンタは怒るかなあ。実はずっと前から判ってたのかもね。だとしたらなんて優しいんだろう。ああお世辞なんかじゃないぜ。
銀色の声は少し震えていた。まるで別れを切り出す様だった。
もしかしたらその心持ちでの告白、なのかもしれない。私の呼吸にさえ震えが伝染りそうだった。
銀色の声は小さかった。
先人の言葉なんざ信じたかないが、俺の初恋は見事に叶わなかった。
その時、私に与えられた架空の林檎味は全て嘘つきによって虚偽に断罪されてしまった。
左様なら初恋の味。
元々知らないはずなのに、こんなにも淋しいなんて反則だ。
知っていたさ、と息を吐いてやれば嘘つきはやっぱり、と微かに笑った。
ああアンタが初恋だったら良かったのに。先人よざまあみろ。そう言ってやったのに。
銀色の声はもっと小さくなって、続いてもうひとつ聞いてほしいと呟いた。私は頷く。
最初に抱かれた時から、俺はアンタが好きだったよ。
(09,04.01)
(April foolに捧ぐ。)
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