L

生暖かい風が吹く、気怠い初夏の熱気に砂嵐、溜め息を吐く。
セッツァーは憂い帯びた目でフィガロの砂漠を見詰めた。

むわりと絡み付く陽射。
刺すような夏の其れとは若干の違いを見付ける。
日射を吸い過ぎた身体がやがて視線の先に蜃気楼を察知することは判りきっていたので踵を返して城内に入った。
しゃり、しゃりり。
砂の音が後追いした。



城内は石壁と金属がもたらすひんやりとした空気が漂っている。陽射が無いだけで、密閉された空間は体感温度を下げる。

階段を降りる。

歯車の、音。
張り巡るパイプやバルブ。
移動する城の咆哮はいつ聴いても心地が悦い。


機械城の城主が飛空挺に興味を示すことは至極当たり前。
ならば飛空挺の持ち主がこの城を愛しく思っても何ら不思議は無いだろう。
王が、艇が飛ぶことに驚異(実際目で見て理論を知り得て尚充ち満ちる畏怖の情)を抱くように、彼はこの城が砂漠を優雅に泳ぐのを知っているが未だ疑心を捨て切れない。
もう二度と浮かぶことは出来ないかもしれないのでは、と。

そしてまた、城の心臓に近付いては膝を抱えて蹲る。
城を支える心音に耳を傾ける。
彼の羽の鼓動に似て異なる、深い重いその音に反応し、身体中の感情が脈打つのが判る。
歓喜。喚起。安心。安定。
段々と鼓膜を蕩けさせるような甘やかな律動。
渦巻いては染み込んで行く。

波紋は、自由すら容易に引き摺り込んだ。
尤も、仮初の自由に波乗った(固定されることが嫌で自由人を気取った)賭博師には、抵抗さえ詮無いことだったが。
無機質接着剤で拘束されるなら未だしも、引き摺り込まれる先が柔ければ柔い程、質が悪い。

力が入らない身体に騒ぐ感情がまるで不整脈のようで、ちっとも合わない城の心音は一定感覚を、保つ。









「また、こんな所に居た」

見ぃつけた、とくすくす微笑むのはこの城の主だった。
優秀なエンジニアでもある彼の人は、きっと城の調整を見に来たのであろう、簡素な(しかし上質な)ロープを纏って現れた。
セッツァーは溜め息を吐く。
柔らかい微笑が厭味になるくらい様になる奴だと、黙って見詰めた。

「何も、こんな騒音激しい所で昼寝を決め込まなくても良いんじゃないかな」

しゃがみ込んで目線を合わせる国王を眼光で射る。
寝て居た訳じゃないのだ。
眠るつもりも無かったのだ。
暗にそう指し示すと、王は微笑を深くして(其れは既に笑い出す寸前の様)、手を伸ばしてセッツァーの髪を梳く。

「…何よ」
「いや、何でも無い」

些か不機嫌を見せたせいか、穏やかな声が続く。

「城を動かすから、」

だからお前を探しに来た、と。言って手を取り、起立を促すように引っ張る。
身体は浮上に向かっているはずなのに、何故だか掴まれた手に引き摺り込まれるような気がした。
強まる指の力。
催促。

「セッツァー、立って?」

そうだ。溺れる寸前だって浮力を思い出すのだ。
沈みながら、水面が遠のくのは不可抗力、見ているのだ。
心音が整う。

エドガーの腕を引いた。
倒れ込む体躯を抱き締めた。

「…良いよ、沈めて」


ローレライ、陽射が恋しい。


(2008.05.08)



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