ジョーカーはもう一枚

抱かれんのは楽なんだよ。

そう彼は、同性の私には信じられないような言句を口にした。
続いて、「にっこり」とでも形容出来そうなくらい素直な笑みで私の手を取り指に口付ける。

私が「欲しい」と言えばセッツァーは答えてくれる。それが愛故にだと盲目に信じられたらきっと楽だったろうに。
残念ながら私はそこまで綺麗な、或いは愚かな、人間ではなかったのである。

「楽?いつも腰が痛い喉が痛いと散々呻いているくせに?」
「アンタねぇ…悪いと思うならちょっとは手加減してよ。でもまあ他でもない陛下サマが律義にもお悩み下さっているようなのでちゃんとお答えしますよ」

終盤少し茶化された感があるが、セッツァーが少し目を瞑ったので私は素直に耳を傾けた。それは彼が些か真面目になる時の癖だと知っていた。

「抱かれるのはね、精神的に楽なのよ」

受動態は気を回さなくていいから。相手に合わせりゃいいだけだ。
何より、被害者になれるしな。

「当たり前だけど女も抱けるぜ。めんどくさいから最近はやらないだけで」
「めんどくさいって…、君ねぇ…」

じゃあ仮に私が抱いてくれと言ってもめんどくさいのかい?
言うとセッツァーは苦いようなびっくりしたようななんとも言えない顔をした。

「止めてよヘンなこと言うの」
「仮にだよ、仮に」
「それでも気持ち悪い」

うわあ、トリハダ立ったー、なんて言うもんだからちょっとイライラ、鼻を鳴らして拗ねる。

「つまり君は色々とめんどくさいから私に抱かれることに甘んじているわけだ。ふんふん」
「じゃあ陛下は、陛下と寝る時の俺はマグロだって思うんだ」
「…そんなことはないが」

ああ負けた。
セッツァーは、まるで私を宥めるようにくすくす笑った。

「俺が自分から動くのは好きな奴だけよ?陛下ちゃんとわかってる?」
「…言われたって、君がどんな生活をしていたのか私にはわからないのだから仕方が無いじゃないか」
「ま、そりゃそーだ」

俺は大層面倒臭がりなので、どうでもいい奴の上に乗ったり、ましてや自分本位の奴に何処が悦くてどうされたいのかなんて絶対言いません。だってそういうのつまり無意味だし。
どうしたらもっと悦くしてあげられるかも考えないし。
ね、サイテーな男でしょ?だから女は抱かないの。
「…それに、陛下に抱かれんのが一番イイ。嘘じゃないからね」

揺れる銀髪の端。覗き込んでくる紫水晶の瞳。
なんでこの男はこんなにも自分の魅せ方を熟知しているんだろう。
ましてや、何が不安なの、などと見透かしたように聞いてくるこの態度。
何処までが計算だ。お前の本心は何処だ。わからない。判らないなんて認めない。
いけ好かない。

棘付いた(とは自ら覚えがある)思考をまるでぶん殴って壊すような、屈託ない笑顔を浮かべてセッツァーは言った。

「俺のこと好きでしょ?」

裏打ちもないその自信は何処から沸いて出て来る。誰の前でもそのように言い触らしたことは無いくせに。ばらばらになった思考。慌てる隙さえ渡してはくれぬ。
突き付けられたのは、しかし、悔しいくらい揺るぎない事実。

「不本意ながら、大好きだね」

手玉に取られる、なんてどうにも慣れていなくて噛み付くように唇を塞いだ。


(2009.08.06)
切り札が無いのも戦略。
Title byニルバーナ


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