■ 侵入者

年に一度、大いなる厄災が近づいて来る日がある。
私の国のお抱え魔法使いに賢者の魔法使いはいないけれど、皆どこかピリピリとはしていた。私も例に漏れず、毎年この時期はどこか気持ちが荒ぶりそうになるのを必死で抑えている。



「今年も難なく終わったみたいで良かったぇ」
「うん…」

大いなる厄災との戦いは通過儀礼のようなものらしい。簡単に押し返せるそれを形式的に行う祭りのようなもの。月と戦うなんて怖いと怯える幼い私を見て、レイはよく笑っていたものだ。
オーエンが賢者の魔法使いだと知って、私は更にこの時期が憂鬱になった。万が一にもオーエンが死んでしまうかもしれない、という不安からだった。本人から言わせれば「あんなので死ぬ訳ないでしょ」との事らしいけど、心配だと嘆く私を見兼ねてか、はたまたプライドが傷ついてか、オーエンは毎年戦いの後には城に来て、無事な姿を見せてくれていた。けど、今年からそれも無くなるんだろう。

「はぁ…」
「そんな溜息吐いてる姫に言いにくいんだけどさ」
「やだ…何?」

リツが神妙な面持ちで話を始めたものだから身構えてしまった。あまりいい話では無さそうだ。
まさか、先の戦いで誰か亡くなったのでは…と嫌な考えが胸を過った。

「中央の魔法使いが1人欠けて、代わりにカインが賢者の魔法使いに選ばれたらしいよ

嫌な予想ばかりぐるぐると回っていた私の頭は、別の意味で更にぐるぐると回り出した。目眩がしたのは気のせいじゃないだろう。

「冗談でしょう…!?」
「いや、本当っぽいよ。兄者が双子先生から聞いた情報だしね」

双子先生とは、北の魔法使いのスノウ様とホワイト様の事である。何百年も現役で賢者の魔法使いをやっているあのお2人からの情報なら間違い無いのだろう。

「カイン、大丈夫かな…」

大いなる厄災との戦いもそうだけど、賢者の魔法使いに選ばれたという事はオーエンと顔を合わせるという事だ。あの蜂蜜色の瞳を思い出して、オーエンの紅い瞳も思い出して、胸が苦しくなった。





「─アルシム─」

突然も突然だった。
城の広間に突然扉が出現し、そこから魔法使いが現れたのだ。背の高い、赤い髪の、整った顔をした気だるげな男が、我が物顔で私の城に入って来たのだった。

「やれやれ…何の用かのうミスラ」

こういった不測の事態において1番に駆けつけるのは通常騎士団の人間なのだけど、今回は駆けつけるのが遅い…というよりは、ほとんど駆けつける事の無いレイが出て来たのでそちらにも驚いた。

「貴方、レイですか。昼間に起きてるなんて珍しいですね」
「お主ほどの魔法使いに侵入されては流石の我輩も出て来ない訳にはいかなくての。…リツ、姫を安全な場所ところへ」

ミスラ、という名前に聞き覚えがあった。彼も賢者の魔法使いの1人だったはずだ。あとは、オーエンがたまに口にしていた名前でもある。どちらにせよ制御の効かない恐ろしい魔法使いだと聞いていた。あのレイが最大限に警戒しているなんて珍しい。突然の事態に思考が追いついていないけど、よっぽどの事が起こっているんだろう。

「…姫?待ってください。俺は姫に会いに来たんですよ」

リツが私を連れてこの場から離れようとしたところで、ミスラの視線がこちらへと向いた。

「姫に何の用じゃ」

気だるげな視線が私を刺すように向けられている。獣のような威圧感に、身体が震えそうになった。きっと私は、彼が死ねと思って魔法を使ったら死んでしまう。レイも、リツも、この城の人間も魔法使いも。そのくらい恐ろしい魔法使いだと本能的に察知することが出来た。

「オーエンが貴女の話をしていたので、面白そうだなと思って見に来たんですよ。へぇ…オーエンはこういうのが好きなんですね」

雑念など命取りになりかねない状況なのかもしれない。
だったとしても、オーエンの中にまだ私が存在しているという事実に、安心してしまった私がいた。
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