■ 刺繍とフリルとレースと

「君の連れだったのだね、ラスティカ」
「やぁシュウ、クロエは僕の弟子なんだ。将来は君みたいに立派な仕立て屋さんになるんだよ」

ラスティカがシュウの顔見知りである事も幸いした。(ラフティカは知る人ぞ知る高名な音楽家らしく、シュウとは古い知り合いのようだった。)
レオやイズミは仮にも侵入者を無罪放免で解放するのに少し渋っていたが、シュウが「彼はそういった賊では無いよ」と彼等を庇った事で事態は終息したのだった。

「すごい!綺麗な刺繍…!丁寧な裁縫だ!こんな複雑なのに綺麗なラインのドレス、どうやったら作れるんだろう!」

クロエは私のドレスを見て目を瞬かせていた。自分の作ったドレスを褒められているシュウもまた、表立っては喜びを出さないものの満足気だった。

「クロエのお洋服はクロエが作ったの?素敵!」
「えへへ…お姫様に褒められると照れちゃう」

お世辞無しにクロエは素敵な洋服を着ていた。派手過ぎず、でも華やかなジャケットは彼によく似合っていた。

「いつかクロエが立派な仕立て屋になったら、私のドレスもオーダーしていいかな?」
「も、勿論だよ…!

シュウのドレスに不満がある訳じゃないけど、クロエの作ったドレスは着てみたいと思った。私と同年代であろう魔法使いの彼が、どんなドレスを私に作ってくれるのか、興味が湧いたのだ。

「僕の目が黒いうちは姫の専属仕立て屋を譲る気はないがね」

シュウが強めな視線をクロエに送れば、クロエは身体を跳ね上がらせていた。

「シュウって魔法使いなんだよね…?姫様が生きているうちにドレスを贈れるかな…」

悩み始めてしまったクロエを見て、危うく『私も魔法使いだから大丈夫だよ』と漏らしかけた。同じ魔法使い相手だと、どうも油断してしまうらしい。

「1着くらい贈るのは構わないがね。君が素晴らしい仕立て屋になったら、姫のドレスは君に任せて僕は思い残す事なく石になる事が出来るよ。姫の胃の中で君のドレスを賞賛しよう」
「えっ?」

しかし、ついでもうっかりでもなく、シュウが当たり前のように口を滑らせたのだから、クロエも私も驚いた。

「…ラスティカ程の魔法使い相手となると、姫が魔法使いだということはバレている。隠すだけ無駄なのだよ」
「失礼、姫君。秘密を暴くつもりは無かったのですが」

ラスティカは紳士らしく、恭しく頭を下げた。穏やかで優しく見えるけど、そんなに力の強い魔法使いなのだろうか。何というか、意外だ。

「…待って。シュウがサラッとバラした事もそうだけど、石になったら私に食べられる前提なのもビックリした」
「訳も分からぬ魔法使いに食べられるくらいなら、姫君が食べてくれ」

私はまだ魔法使いの死に立ち会った事がない。人の死は通常眠るように、ただ目を覚まさなくなるものだけど、魔法使いは死ぬと石になる。シュウが石になるところなんて想像出来ないし、それを自分が食べるなんてもっと想像出来ない。
でも、いつか来るかもしれない日を想い描いて、寂しくなった。

「なら僕はクロエに食べてもらおうかな」
「そ、そんな先の話をするのはやめようよ〜!」

シュウからすれば、自分よりもクロエのような若い魔法使いの方が数百年先の未来の私の隣にいるのが想像しやすいのかもしれない。

「でもやっぱり…私はシュウのドレスもクロエのドレスも着たいな。その日の気分に合わせて選ぶの。素敵でしょ」
「とっても素敵!」

次の日、クロエは素敵な刺繍を施したハンカチを私にプレゼントとしてくれた。急に部屋に入ってしまったお詫びらしい。クロエのように華やかで温かい刺繍のそのハンカチを、私は『とっておきの日に使うね』と笑って受け取った。
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