■ お気に入り

結果として舞踏会はお流れとなかった。国王様の容態が急変し、それどころでは無くなってしまったのだ。遥々中央の国まで来てやったのに…、という不満の声も上がっていたけど、私はせっかくなら明るくて素敵な気持ちでアーサー様とお会いしたかったので、「では、またお誘いください。」と先陣を切ってその場を後にした。「魔法使いを従えている国の姫は気軽に行き来出来て羨ましい限りだ」などという嫌味が聞こえたような気もしたけど、残念ながら私達もほぼ人間と同じ方法で国へ帰るのだ。そんな大人気ないことを言う気はないけど。

「ナマエ姫、また会おう!今度はアーサー殿下も一緒に」
「カイン、今日はありがとう。貴方に会えただけでも良い1日になった!」

国王の一大事にカインもバタバタとしていたようだったけど、隙を見つけて挨拶に来てくれた。
帰り道気をつけて、とウインクした彼の瞳はキラキラしていて、甘い甘い蜂蜜のようだった。




「へぇ…中央の国の素敵な騎士様ね」
「まだ若いのに騎士団長なんだって…!きっとたくさん努力したのね」

北の国に帰れてからも私の口から出るのはカインの話ばかりで、侍女に「恋ですか?」と揶揄われるくらいだった。そんなタイミングでオーエンが訪れて来たものだから、私はここぞとばかりにカインの話を沢山してしまった。

「魔法使いの騎士なんて馬鹿みたい。馬に乗るより箒で飛んだ方が速いし、剣を振るうより魔法を使った方が強いのに」
「カインは両方出来るからカッコいいでしょ?」
「………」

オーエンは騎士という概念に思うところがあるようだった。それはチェスのピースだったり、私の騎士達だったり。騎士という存在に出会うと、無意識に品定めをし始めるのだ。本人は認めようとしないけど。
私の騎士達はオーエンのお眼鏡に敵わなかったようだけど、カインならオーエンも気にいるかもしれない。それくらい素敵な騎士だった。

私はそんな浮き足立った心で彼の話をしただけなのだ。




「やぁ姫様。姫様のお気に入りの騎士様ってこれのことでしょ」

私がオーエンにカインの話をして1週間が経った頃だったろうか。再び現れたオーエンの顔を見て、私は絶句した。
ルビーように紅い瞳が並んでいたはずのそこに、蜂蜜のような、金色の瞳が鎮座していたのだ。まるで他人の瞳をはめ込んだような強烈な違和感を抱かせるその瞳を見て、すぐにカインの瞳だと察した。

「なんて事をしたの…!?無理やり奪い取ったの?」
「交換したんだよ。騎士様の眼には僕のが入ってる」

オーエンはとても機嫌が良くて、鼻歌交じりに私に金色の瞳を主張した。
オーエンは他人のマイナスな感情を好むようだから、私の言い様の無い不安や怒りといった感情を喜んでいるのもあるのかもしれない。

「私がオーエンにカインの話をしたせい…?」
「そうかもね。立派な騎士様を紹介してくれてありがとう」
「………」

オーエンの言葉は嫌みではなかった。嘘偽りなく感謝の意を述べたのだ。それが更に私を追い立てると分かっててやっているからタチが悪い。

「仲間を庇って剣を振るう騎士様は立派だったよ。自分が魔法使いだとバレるのも厭わず仲間を守ろうとしてた。」
「…魔法使いだとバレてしまったの?」
「魔法を使ってたからね」


─ナマエ姫の秘密を俺にも守らせてくれ─

そう言ってくれたカインの晴れやかな笑顔が頭に浮かんだ。記憶の中のカインの瞳は蜂蜜色だけど、今のカインの瞳は片方だけ紅いのだろう。

「姫様も大好きな騎士様の瞳をまた見れて嬉しいでしょ?」

この言葉が善意を孕んだものなのか、悪意を孕んだものなのか。私はそこまでオーエンを理解出来ていなかった。オーエンをちゃんと理解出来ていれば、そもそも私はオーエンにカインを話をしなかったと思う。そんなつもりじゃなかった。ただ私は…カインはかっこいいね、素敵な騎士だねって、オーエンもカインを気に入ってくれるかなって期待しただけで、カインの秘密を暴くつもりなんて無かったのだ。

「…嫌い」
「何?」

全然似合っていない。オーエンにはあの紅い瞳が似合っていた。
その蜂蜜色の瞳は暖かい茶髪で、少し日の焼けた健康的な肌色の、カインだからこそ似合うものだ。何もかも違う。

「オーエンなんて嫌い」

私の口から出たのは、子供の癇癪と変わりない稚拙な暴言だった。左右で色の違う瞳のオーエンを嫌いだと思ったのは事実で、それでも嫌いと言った瞬間に胸が不安のような嫌な不快感でいっぱいになって、悲しくなった。

「…そう。ありがとう」

何が“ありがとう”なのか。オーエンはニッコリと笑って消えた。

その日からオーエンは来なくなってしまって、“ここに来なくて良い理由をくれてありがとう”という意味でのありがとうだったのかと考えついて、カインの事とか色々ごちゃごちゃして、でも寂しくて、泣いた。
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