■ 秘密の秘密と秘密

「俺はちょっと挨拶してくるから、姫様はここで大人しく待っててね。大人しくね」

イズミがカインの上官と先を進んだことにより、この場は必然的にカインとリツと私だけとなった。やけに“大人しく”を強調していたけど、私はそこまでお転婆だっただろうか。
暗に中央の国の方々を前に“絶対に魔法を使うな”という牽制の意味の方が正しいのかもしれない。

「姫は普段そんなにお転婆なのか?」

なのにほら。カインが揶揄うように私を笑った。

「全然。どちらかといえば城からも滅多に出してもらえない引きこもりなの」
「それはそれで意外だな…!」
「どういう意味?」
「籠の中の鳥は似合わないなって意味さ」

私も本来そこまで畏まっているタイプじゃないこら、頭の固い人間が抜けた場での会話は楽しかった。
カインはやっぱり気さくで、素敵な人で、ここに1人残されたことも考えると騎士としての腕も立つんだろう。
中央の国特有の根明な性格のカインは私にとってとても新鮮で、彼と出会えただけでも苦労してここまで来て良かったと思えたくらいだった。

「アーサー殿下も気さくで優しくて素敵なお方だ。きっとナマエ姫ともすぐ仲良くなれる」
「魔法使いの王子様だものね」
「姫の国では魔法使いに対する偏見は無いんだろ?」
「…えぇ、まぁ」

無いと即答は出来なかった。
本当に偏見など無いなら、何故私は自分が魔法使いである事を隠さなければならないのか。アーサー王子は魔法使いを名乗っているというのに。
…という、考え出しては答えの出ない、途方も無い葛藤に囚われてしまうからだ。

「…姫?」
「姫、考え過ぎだよ」

煮え切らない私の答えを、カインは不自然に感じてしまったかもしれない。
そんな私の雑念を払うように、リツが私の頭をポンと小突いた。人も魔法使いも平等に生きられる世界が来れば良い。でも、魔法使いには魔法使いにしか分からない傷みがある。
リツはそういう意味でも私にとって理解者だった。

人間と魔法使いは違う。
広大なグランヴェルの庭の木を整える庭師の姿が目に入った。彼が梯子に登り、苦労して行う作業も、私達魔法使いなら箒に乗って魔法で済ませる事が出来るのだ。私は箒に乗れないし、まだそういった魔法は使えないけれど。

「…うわっ」

整えられた枝を見て考え込んでいたら、突発的に強い風が舞い上がった。
砂埃が目を擦って、反射的に目を瞑って、開いて、涙で歪んだ視線のその先で、庭師の梯子が傾いているのに気がついた。

大人しくしててね、というイズミの言葉が頭を過った。けれど、砂埃が目に入って反射的に目を瞑った様に、私の喉は反射的に呪文を唱えていた。


「《グラディアス・プロセーラ》!」
「《────────》…!」

その場に響いた呪文は、私のものだけでは無かった。しかしリツのものでも無い。
私の隣にいたカインが、剣に手を掛け呪文を唱えていたのだ。

「カイン…!?」
「姫!?あんたも魔法使いだったのか?」

幸い庭師の身体はゆっくりと地面へ着地し、事無きを得た。当の本人は何が起こったのか分からず、キョロキョロと辺りを見渡している。

「俺が魔法で助けてあげたんだよ。感謝してよねぇ」

恐らく1番何もしていないリツが庭師の元へ行き、感謝の言葉を要求していた。庭師に恩を売る為では無く、私に疑いの目が向けられるのを避ける為だ。庭師は納得したようで、リツに何度も頭を下げていた。リツは念の為医者にかかるよう打診して戻って来たようだった。

「はぁ…で、そこの2人はどうする?」

慣れないことをして疲れたであろうリツが、私とカインに問い掛けた。

「本来なら俺はカインの記憶を消さなきゃいけないんだけどねぇ…同じ魔法使いのよしみで見逃してあげなくもない」

この場にイズミが残っていたら、有無を言わせずカインの記憶は消されていだろう。でもリツは何というか…緩かった。そもそも私が魔法使いである事を隠すのにも密かに反対しているリツは、バレるなら早くバレればいいのに、くらいのモチベーションなのだ。

「記憶を消されるのは困る…!こちとら姫とは仲良くなれるなって思ってたところだぞ!?」

会って数分の他人を信用するのは良くないと分かっているけど、カインは裏表が無くて、信用したいと思ってしまう。

「本当?友達になってくれる?」
「勿論だ!」
「…セッちゃんが聞いたらキレる会話」

セッちゃんとはリツだけが呼んでいるイズミの渾名だった。
イズミがこの場に居たら、こんな会話は出来なかっただろう。鬼の居ぬ間に、というやつだった。

「俺も魔法使いだ。約束は出来ないが、姫の秘密を悪戯にバラしたりしないさ」
「そっちの王子様にも秘密に出来る?」
「…それは答えに困るな」

カインが本当に困ったように、斜め上を見て考え始めた。そうなった時の事を想像しているのだろう。
カインは私ではなく中央の国に仕える騎士なのだから、王子の命令は絶対のはずだ。

「う〜ん…もし『ナマエ姫は魔法使いか?』って聞かれたら『そうです』と答えるしか無いが…聞かれなきゃセーフかな!」

快活に笑いながら放たれたカインの答えは真っ直ぐで、それでいいのかと思いつつも私もリツも釣られて笑ってしまった。

「俺の可能な限り、ナマエ姫の秘密を俺にも守らせてくれ」

そして恭しく頭を下げたカインは、中央の国特有の華々しさと精悍さを持ち合わせていた。私の国にも騎士は沢山いるけど、カインを従えるアーサー王子が羨ましくなってしまうくらいに。

「カインはカッコいいね」
「本当か?実はお姫様に仕えるのに憧れてたから、カッコつけてみたんだ!」

お手をどうぞ姫、と冗談混じりに差し出されカインの手を、笑いながら握り返した。

「俺知らな〜い」

リツは見て見ぬ振りをしてくれるようだったけど、私に他国の歳が近い魔法使いの友達が出来て、どこか満足気だった。

程なくしてイズミ達が戻って来た。
イズミはやけに親しくなった私とカインを見て訝しげな顔をしていたけど、魔法使い3人で結託して知らぬ存ぜぬを通した。
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