■ あの日の出会い

北の国において魔法使いは畏怖の対象でありつつも畏敬の念を抱かれていた。過酷な環境である北の国では、魔法使いの加護無しに国を存続させていくのは難しいのだ。私の父が治めるこの国に関してもそれは例外ではなく、何人かの魔法使いが魔法によってこの国を人が住める状態にまで保ってくれていた。
とはいえ近年急激に加速していく魔法使いに対する偏見というのはどうにも抑えようがなく、国の姫君にあたる私が魔法使いとして産まれて来た事実が発覚した日には、城内が阿鼻叫喚と化していたらしい。

『お前が魔法使いという事実は誰にも口外してはいけないよ』

その日からこの言葉は父の口癖となった。この国における魔法使いに対する偏見はまだマシな方かもしれないが、一国の姫が魔法使いという事実は、他国の王族貴族を刺激してしまう可能性があるらしい。
父は城内で働く者達の選別を再度行い、本当に信頼の置ける者だけを使用人として雇い直した。その中で私が魔法使いである事実を教えられ、かつ面会を許されたのは限られた者だけとなった。

「今日から姫のお世話係兼、魔法の先生は俺だよ」

幼少期の私のお世話係には魔法使いでもあるリツが任命されたけれど、お世話係と言ってもほとんど護衛のようなものだった。
父は私を愛してくれてはいたが、娘の秘密が暴かれるのではないか・魔法使いであるが故に暗殺されるのではないか、という猜疑心に蝕わまれ、心を病んでしまった。

「リツ、わたしも外に遊びにいきたい…」
「ダメだよ。万が一にも人目につくところで姫が魔法を使ったら大変な事になる」

リツは可能な限り私を自由にさせてくれたけど、こういったお願いは決して聞き入れてくれなかった。申し訳無さそうにしているリツを見て、私もそれ以上の我儘を言えなかった。年の近い子と遊びたいといえば、騎士団志望のレオやイズミと少しの間だけ遊ばせてくれたけど、あくまで数分。絶対に私が魔法を使わないように最新の注意を払える間のみ許された。

10歳になった頃には私の愚痴り相手は専ら返事のくれない小鳥達となっており、窓を開けると気まぐれに降り立ってくるその子達に外に出れない不満をぶつけるのが習慣となっていた。

「私も魔法使いなんだから、貴方達と同じように空を飛んで遠くまで行きたいな」

父は私が箒で空を飛ぶのを禁止した。城勤めの魔法使い達にも【決して空を飛ばせてはいけない】と言い聞かせたらしい。魔法使いらしい事も出来ず、かといって人間と交わる事も出来ず、ただただ綺麗なドレスを身に纏ってリツと過ごす退屈な日々。

その退屈な日々が少しだけ変化したのは、国を結界で守っているレイが一晩だけ倒れた、ある日の事だった。

「俺は兄者の代わりにこの国を守る事に専念するから、姫は絶対にこの部屋から出ないように」
「分かった。リツも無理はしないで」
「無理したくはないけど、しなきゃダメみたいなんだよねぇ…」

城内で最高齢でもあるレイの魔法は強力なもので、そのお陰でこの国は雪崩の下に沈む事もなく、北の魔法使いに攻め入られる事もなく、今日という日まで存続する事が出来ていた。そのレイが体調を崩した事により、国内の魔法使いが総出で結界を固める事となったのだ。
リツが側にいないのは久しぶりで、非常時なのに浮き足立ちそうになったけど、一国の姫としてこういう時こそ気を引き締めねば、と気持ちを入れ替えた。1人の時間は想像以上に退屈で、仕方ないから本を読み耽っていれば、気がついた時には半日ほどの時間が経っていた。凝り固まった身体を解そうと立ち上がったタイミングで、窓がコンコンとノックされた。いつも愚痴を零している小鳥達の嘴の音だ。本に夢中になり過ぎて声の出し方も忘れそうになっていたところなので、小走りで窓を開けに行った。




「やぁ、お姫様」


窓を開いた先に居たのは小鳥達だけでは無かった。

箒に乗った、銀髪で、紅い瞳の…魔法使い。

「君の話はそこにいる鳥達からよく聞いているよ。今日はレイの結界が弱くなってるから、会いに来てみたんだ」

すぐさま窓を閉めて魔法使いを呼びに行くべきだったんだと思う。
でも、この時の私は、自由に空を飛んで小鳥と話す魔法使いに魅了されてしまっていた。

何も知らないこの魔法使いの事がよく知りたいと思ってしまったのだ。

「貴方の名前は…?」
「さぁ?」

意地悪く笑った口の隙間から垣間見えた舌に、どこかで見覚えのある紋章が刻まれていた。

魔法使いはこの日名乗ってくれなかったけど、後で調べてみると紋章は【賢者の魔法使い】の証であり、舌にそれが刻まれた魔法使いは【オーエン】だと知る事が出来た。
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