アクロアイト
■雪街のラプソディ
「ナマエちゃん!オーエンちゃんてば意地悪で祭りを滅茶苦茶にしようとしたんじゃよ!」
「我等の絵を湖に沈めようとしたんじゃよ!」
「「何か言ってやって!」」
「えっと…?」
ことオーエンに関しては、オズを通してあれこれするよりも、ナマエに悪事をバラされた方が嫌がるとスノウとホワイトは学んだようだった。魔法舎に訪れたナマエに対して、この前の騒動の一部始終を意気揚々とチクっている。己の悪事をナマエにチクられた事、そしてせっかく来たナマエが2人にとられている事により、オーエンの機嫌は着々と悪い方向へと近づいていっていた。
「どんなお祭りだったんですか?」
しかしナマエはナマエでオーエンの言動にそこまで口うるさい方でもないので、オーエンの悪戯よりもお祭りの方に関心が向いたようだった。
「死者を出迎える祭りじゃ」
「夜灯花の湖に流してのう」
「花火も上がって綺麗でしたよ」
「…ふん」
私達が説明を終えた後の不貞腐れた表情のオーエンを見て、オーエンとしては自分が説明したかったのかもしれないと察した。しまった、悪いことをした。本人に謝ったところでプライドが傷つくだけだろうから、気がつかなかったふりをする。ごめんなさいオーエン。
「つまらない祭りだったよ。双子の屋敷にも入れないし」
ツンとしてオーエンは答えた。
オーエンにもしもの事があったら私が祭りを行うと言ったけど、わざわざ私がやらなくてもナマエがいるじゃないかと今更ながらに気がついた。
「死者を出迎えるお祭りかぁ」
「何?興味あった?」
「そんなに綺麗なら見てみたかったかな」
スノウが「ナマエがおったらオーエンも大人しく花を摘んでいただろうな」と呟き、ホワイトが「我等の絵を湖に落とそうともしなかったじゃろう」と呟いた。言えている。オーエンと向かう任務の際はいつもナマエに同行して欲しいくらいだけど、危険が伴う場合もあるからオーエンは嫌がるだろう。私の命は軽々しく扱う癖に、ナマエの命となると途端にオーエンは過保護になる。
「私が死んだらオーエンが夜灯花を流して花火を打ち上げてね」
「…は?」
ナマエからすればそこまで重い発言では無かったのだろうけど、オーエンの心臓を冷やすには十分だったようだ。
不貞腐れた表情が、一気に焦りに変わっている。
「死ぬ予定でもあるの?」
「無いけど…普通に考えてオーエンよりも私の方が早く死にそうじゃないかな?私弱いし」
「…………」
確かに。順当にいけば先に死ぬのはオーエンだろうけど、魔法使いは寿命に左右されない。何百年、何千年と生きられると聞くけど、そこまだ辿り着く前に息絶えてしまう人も多いと聞く。
「オーエンがダメならファウストがいいけど…ファウストよりは長く生きて最後を見送ってあげたいな」
別にナマエだって、オーエンは見送りたくないとか、オーエンを置いて先に死にたいと言っている訳ではない。気紛れなオーエンが死ぬまで自分と一緒にいてくれるのは難しいだろうと思って、それでも祭りで自分の死を悼んでくれたら嬉しいと伝えているのだ。
「…ナマエが死ぬとか考えたことなかった」
オーエンから出た言葉は、思ったよりも弱々しかった。
「かといって僕よりもナマエが長生きしそうかって言ったらそうでもないし…でも、何ていうか…」
オーエンがナマエの瞳を見つめていた。ナマエが確かに生きていることを、確認しているように見えた。
「ずっと、このままだと思ってたから」
オーエンの言う“このまま”がどこまでのことなのか。
魔法舎で暮らして、今の21人の魔法使いがいて、たまにナマエがやって来て…私も、その中に含まれているのだろうか。含まれていたら、私はとても嬉しい。
「ずっと“このまま”がいいね」
「…うん」
ファウストがいて、オーエンがいて、皆いて…ナマエは幸せそうに続けた。優しい瞳で語るナマエの目蓋に、オーエンは吸い寄せられたように口付けを落として、キョトンとした後何が起こったか理解したナマエに怒られていた。
口じゃないんだからいいじゃないかと、オーエンは唇を尖らせている。
「やれやれ若いのう」
「しかしいいものじゃ」
「…私も、このままがいいです」
いつか私が元の世界に戻っても、寿命で彼等よりも先に死んでしまっても…
この幸せはそれより長く続いてくれますようにと願わずにはいられないのだ。