魔法使いの約束 | ナノ

千年の愛を謳う


魔法使いには人間の常識が通じないタイプが一定多数いる。その最たる例は北の魔法使いだとしても、“奇抜”という一点に関しては賢者の魔法使いという括りの中でムルが飛び抜けているように感じていた。
そのムルが昨日から国中の花の種を買い占める勢いで花の種を収集していてものだから、今度は何をするのだろうと気になってはいたところだ。

「ねぇムル、そんなに花の種を集めてどうするの?」

タイミングよく、私の気持ちを代弁するようにクロエがムルに聞いてくれた。

「これ?これで大きな花束を作ってあげるんだ!」
「花束?誰に?」

意外にもロマンティックな答えが返ってきてビックリしてしまった。花束なんて誰にあげるのだろう。まさか“大いなる厄災”にでも捧げるというのか。ムルなら言い出しかねない。

「ナマエ!」
「ナマエって誰?」
「俺のお嫁さん!」

お嫁さん?

お嫁さんという言葉の意味を理解するまでに少し時間がかかってしまった。それはクロエも同じようだ。

「ええええええ!ムル、結婚してたの!?」
「初めて知りました!」

驚き過ぎて会話に入ってしまった。大いなる厄災に、所謂ゾッコンとも言えるムルが、まさか結婚していたなんて。何でもっと早く教えてくれなかったのだろう。

「奥様に花束をプレゼントするなんて素敵ですね」

結婚記念日なのだろうか。思わぬところでムルの普遍で家庭的な一面を垣間見て、口角が上がるのを自分でも感じた。


「うん!明日が命日なんだ」

しかしムルの一言で浮ついた空気が萎んでいった。クロエを見れば、同じく感情のやり場が分からなくなった表情をしている。

「もうそんな時期でしたか」

シャイロックが感慨深げに煙を吸いながら呟いた。

「何年前に奥様は…?」

聞いていいものか迷ったけど、ムルの表情に悲しみの色は見えなかったので聞いてしまった。

「明日でちょうど1000年前!」
「せんっ…!?」

あまりに桁の違う話だった。数字のインパクトにこそ驚いてしまったものの、いまいちピンと来ない。1000年。それは魔法使いであってもまだ若いクロエも同じようだ。1000年という月日に目を白黒させている私達を、シャイロックが愉快そうに喉で笑っていた。

「ムル、久しぶりに貴方達の馴れ初めを語ってくれませんか?」

それはとても興味深い。

ムルはとても素敵な宝石箱を開けた時のような顔をして語り出した。

「んーとね、ナマエは花屋さんで働いてた。俺が17歳の時にナマエに一目惚れして、出会って3日後に告白したんだけど振られちゃった!それでも毎日花屋さんに通って口説いた。267日間、毎日毎日口説いていたら、やっと首を縦に振ってくれたんだ。嬉しかった!そのちょうど100日後に結婚した!純白のドレスを身に纏ったナマエは世界で1番美しかったんだよ。子宝には恵まれなかったけど、結婚生活は順風満帆だった。でも俺は魔法使いだということを隠してた。最初は隠し通せてたけど、老いない俺を不審に思った周りの人間が俺を迫害しようとして、2人で逃げた。ナマエは俺が魔法使いって分かっても一緒に居てくれた!ただ、1人で老いていくことを悩んでた。俺は日に日に刻まれていくナマエの目尻のシワが好きだったけど、それを言うととっても嫌がったんだ!それでも俺は幸せだった!結婚して8495日が経った時、ナマエが病を患った。沢山の医者に診てもらったけどダメで、魔法を使っても治せない病気だった。そのままナマエはどんどん弱っていって、死んじゃった。」

8495日…とは、直ぐに計算が出来なかった私達を察して、シャイロックが「23年と少しです」と助け船を出してくれた。仮に奥様もムルと同じ年だったとして、17歳で結婚したなら40歳…余りにも早い別れだ。

「死ぬ時ナマエは笑ってた。これ以上俺の前で老いたくは無かったんだって。俺は悲しくて悲しくて、三日三晩泣き続けた。泣き続けて、泣き続けて、泣き疲れて、ナマエをお墓に埋めた。月が綺麗に見えて、人間も魔法使いも滅多に入って来れない素敵なところ!」

明るく語ってはいるけれど、当時のムルにとっては辛い出来事だったのだろう。ただ、奥様…“ナマエ”のことを語るムルの表情は、とても穏やかだった。

「それから毎年会いに行ってる!ナマエの誕生日と、結婚記念日と、命日に!」

1000年間もの間、ずっと…
一途という一言で片付けるのを躊躇ってしまうくらい途方もなく長い時間だ。

「魂が砕けて理性が失った直後も、帰省本能のようにお墓には通っていました」

魂が砕ける前のムルはシャイロックにこの事を黙っていたらしく、その時始めて奥様を亡くしていた事を知ったらしい。当時、それはもう驚いたとか。気持ちはとても分かる。

「明日で365000日目なんだ!賢者様も来る?」
「行ってもいいんですか?」
「いいよ!俺と逃げたせいでナマエは友達が居なくなっちゃったから、賢者様が来てくれたらきっと喜ぶ!」

話の節々に魔法使いへの差別故の悲しい記憶を感じ取ってしまう。

どうかその場所で、彼女の魂が安らかに眠れていますように。

「ムルが良いなら行ってみたいです」
「じゃあ行こう!」
「え!?」

善は急げ、と言わんばかりに、ムルは私の手を取って箒へ跨った。シャイロックがやれやれと後ろからついて来てくれていて。

「日付が変わる頃には会いに行きたいんだ!毎年そうしてる!」
「ムル…!もっとゆっくり!ゆっくりでお願いします!」

相変わらずムルの箒は乗ってて生きた心地がしない。こんなムルも、奥様を乗せていた時は安全運転だったのだろうか。私は魂の砕ける前のムルをよく知らないから、全然想像がつかなかった。

しばらく箒を飛ばした先に着いたその場所は、人間が来るにはとても険しくて、魔法使いにしか辿り着けそうにない場所だった。険しい山々の一角に隠された穏やかなこの場所は、魔法使いでも場所を知らなければ容易に辿り着けないだろう。



「会いに来たよナマエ」

お墓の前に立ち、そう言ったムルの顔が、今まで見た中で1番穏やかで、優しくて、幸せそうで、哀しそうだったので、私まで泣きそうになってしまった。ムルはお墓に埋められた宝石に触れて、何やら物思いに耽っている。シャイロックが『あれは亡き奥様と結婚した時のティアラに装飾されていた宝石だそうです。記憶を覗いているのでしょう』と教えてくれた。ムルの頭の中には結婚当時の幸せな時間が蘇っているのだろうか。魔法とはなんて優しい力なのだろうと、少し救われた。

「ずっと君を愛してる。死が待ち遠しいよ。今年もまた死に損ねてしまった。俺が石になるまでまだかかりそうだけど、待っていてね。俺が大いなる厄災に殺される、その日まで…」

ムルの言葉をどう感じているのか、シャイロックの表情は読めなかった。私はそんな事を言わないで欲しいと思ってしまったけど、1000年という孤独が検討もつかないし、実際そんなに長く生きられないので、ムルが1000の間に何を感じて生きてきたのか、一生理解することは出来ないだろう。

「よし!」

ムルはまた箒に乗ると、持って来ていた花の種を上空から豪快に撒き散らした。

そして…


「エアニュー・ランブル!」

ムルの魔法により、朝も夜も季節も関係無く、色とりどりの花々が芽吹いた。月明かりに照らされた花々はとても幻想的で美しくて、これ以上に素敵な景色はもう2度と見れないとすら感じた。

「あっ」

お墓の前で柔和な表情を浮かべた女性が笑っているように見えた。見えたのは本当に一瞬で、私の願望が見せた幻だったのかもしれない。

「“彼女”もまた、1000年間ずっと待っているようですね」
「あー!シャイロック!ここは禁煙!」

キセルを吹かそうとしたシャイロックが、ムルに怒られていた。

後からシャイロックに聞いた話、“彼女”はムルには見えていないらしい。それが“彼女”の優しさなのだと、シャイロックは穏やかに笑っていた。
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