手のひらの妖精
北の魔法使いが苦手だ。スノウ様とホワイト様はお優しいけど、ミスラはブラッドリーは粗暴な部分が目について、つい物怖じしてしまう。オーエンなんて俺と顔を合わせる度に怖い事言ってくるから尚更苦手だ。
だからスノウ様とホワイト様に血の繋がらない魔法使いの娘がいると聞いた時も、警戒してしまったのを覚えてる。
「すごく綺麗な顔だねぇ」
実際のナマエは俺が想像していたほど凶悪な魔法使いでは無かったものの、俺の顔を真っ直ぐ見て来るところがあるから居心地が悪かった。
「ナマエ、ヒースクリフを気に入ったのか?」
「東の領主の息子と結婚すれば、我らの老後も安泰じゃのう」
「スノウ様!ホワイト様!」
何を言い出すというのか。今考えると真っ赤に照れる俺はオモチャにされていたんだろう。使用人以外の同年代の女の子と、あまり話をした事が無かったのも災いした。
多分、その時の俺は満更でも無かった気がする。ナマエは可愛らしいし、優しかった。そんな彼女に綺麗綺麗と褒められれば、舞い上がってしまうのは自然だと思う。
ただ、ナマエは北の魔法使いらしい一面も持ち合わせていた。
「カインのその目、まだ取り戻せないんだね」
「悔しいがな。いつか奪い返してやるさ」
ナマエは俺なんかよりもカインとの方がずっと仲が良くて、初めて2人の仲の良さを垣間見た時、ああ…やっぱり。彼女の中で自分は特別では無かったのだと、少しの寂しさを覚えてしまった。
「やぁ騎士様…ナマエと何を話しているの?」
「オーエン…!」
更にはカインにちょっかいを出しに来たオーエンもその輪に加わって、完全に俺には入れない世界となった。
「今返してもらいなよ」
「今?…っておいおいおい!?」
傍らから見守っていたら、ナマエがオーエンの目に手を突っ込んだから驚いた。カインもギョッとしているし、オーエンもギョッとしていた。
「っ!………喧嘩売ってるナマエ?」
「売ってないけど」
ダイレクトに目を抉り出して、カイン返してあげようとしていたらしい。発想が北の魔法使いのそれだ。オーエンはトランクを開ける寸前だった。
殺し合いになりかけたその場は、オズ様がやって来てなんとか収めてくれたけど…………
やっぱり北の魔法使いは苦手だ。
と、再認識してしまった。
苦手なのに。普段あれだけ俺の事を綺麗だの結婚したいだの言ってるナマエが、俺の誕生日を祝いに来ないのが少しだけ釈然としなかった。彼女は賢者の魔法使いじゃないから常に魔法舎に居る訳ではないけど、フィガロの時は来ていたじゃないか。思わせぶりな態度を取っておいて、それはあんまりなんじゃないかと思う。
「ヒース!」
「ヒースクリフ!」
「我らがナマエからは何を貰ったのじゃ」
「あの子ってば、我らにも教えてくれなかったのじゃ」
「…えっ、ナマエ来てたんですか?」
スノウ様とホワイト様が見せろ見せろと囃し立てて来たものの、俺は今日なまえ#に何かを貰うどころか、会ってすらいない。
「会っておらんのか?」
「おかしいのう……来ていたからてっきりヒースの誕生日を祝いに来たのかと思っておったのじゃが」
魔法舎まで来ていて、俺には会わずに帰ったのか。ますます納得がいかない。
「…俺、ちょっとナマエを探してきます」
誕生日なのだから、文句の1つや2つ言っても許させるだろう。
「意外にも脈ありなのかもしれないのう」
「我らの老後もこれで安泰じゃのう」
「違います!」
はぁ…
ナマエが何であんな風に育ったのか、お2人を見ているとよく分かる。ここで俺がムキになればなるほど喜ばせるだけなのだ。だとしても、いつもやられっぱなしなのだから今日くらい反撃しても許させるだろう。
「…ナマエ!」
「ヒース!」
ナマエは呆気ないほどに簡単に見つかった。俺から隠れている意図はなかったようだ。むしろ俺を待ちわびていたようにも見えた。
「お誕生日おめでとう!」
そう言ってナマエが渡してくれたプレゼントは、とても素敵なものだった。
「俺に…?」
プレゼントを用意してくれてさえいたのに、何故会いに来てくれなかったのだろう。
「…何で会いに来てくれなかったんだろうって顔してる」
「それはっ…!」
しまった。こういうところに目敏いナマエの前で、それを表に出すのは失敗だった。
「ヒースってば普段は私が近づくとげんなりしてるから、お誕生日くらいそっとして置いてあげようと思ったの…でも良かった!」
ナマエは踊るようにくるくると回り出した。
「ちょっとは好かれてたって思ってもいいのかも!ふふふ…私までおめでたい気分になっちゃう」
相変わらずナマエの本心は読めない。深い意味もなく、歌うように人に愛を囁くような子だ。その度にアーサー様がやきもきしているのも知っていたし、俺だって本気なのか冗談なのか分からない発言にやり場のない想いを抱いていた。
「そうだよ好きだよ」
「えっ?」
だから今日くらい、少しだけならやり返してもいい気がしたんだ。
「………少しだけだけど」
思わせぶりな態度を取られて、手の上で転がされるのがどんなに惨めか、少しは思い知るといいよ。これでナマエの軽口も少しは落ち着くだろうか。
「………」
「ナマエ?」
やけに静かだなと思って顔を覗き込めば、真っ赤になっていた。
「は、えっ?」
「…ヒースの馬鹿」
待って。
だって、そんな。
どうせいつもの調子で『嬉しい!』なんてカラカラ笑いながら返されると思ったのに。
「馬鹿ーーー!!!!」
そんな急に大声を出さないで欲しい。近くにいたスノウ様やホワイト様、フィガロにカインに、シノ、ファウスト先生…皆が集まって来てしまった。
「どうしたのじゃナマエ」
「何を泣いておるのじゃ」
「わ〜んヒースに弄ばれた!」
「ちょっと…!」
そして人聞きの悪いことを大勢の前で言わないでほしい。そもそもいつも弄ばれてるのは俺の方だというのに。
「やるなぁヒース」
「男になったな」
フィガロに…ファウスト先生まで。
違う!違います…!
「最愛の娘が傷物にされたとなれば、我らも黙ってはおらんぞ」
「責任を取って結婚じゃの」
「指一本触れていません!」
まずい。このお2人にかかると本気で責任をとらされかねない。断じて何もしていないというのに。
「旦那様と奥方様にも報告しよう。ヒースが誕生日に婚約したと」
「シノ!」
あ〜、もう!ガラにもない発言なんてするんじゃなかった。
何が最悪って、この騒ぎは冗談で終わってくれるのを祈るとして、ナマエのあの真っ赤な顔を忘れなくなりそうなのが1番最悪だ!