魔法使いの約束 | ナノ

ロクデナシの愛



※名前固定の息子が出ます




こちらの世界にやって来て自分の世界との違いに驚いたことは沢山あるけれど、別の意味で飛んでもなく驚いたことがある。眠れない夜に庭を散歩していた時だった。魔法舎には夜型の魔法使いもいるけれど、その日の夜は静まり返っていた。こんなに静かな夜は久しぶりだ。1人夜風にあたっていると、人の気配を感じてそちらに向かった。東京とは違い、厄災の明かりのみが照らす世界の下で見つけたのはオーエンの後ろ姿だった。

「オーエ…」

この場にカインがいたら、1人の夜にオーエンに声なんてかけるなと怒られてしまうかもしれない。しかし見て見ぬ振りをするのも気が引けたし、私の気配なんてオーエンにはバレバレだろうから声をかけることにした。

「ん…」

声をかけることにしたのだけれども、オーエンの声でも私の声でもない、高い第三者の声が聞こえて慌てて立ち止まった。
よく見ればオーエンの前に誰か居て、それも女の子で、くっ付いていたからぱっと見分からなくて、よくよく見たらキスしていた。

「…っ!?」

声にならない叫び声が出た。他人のキスシーンを生で見るのも慣れていないし、それもまさかのオーエン。モテそうなカインやシャイロックならともかくオーエン。1番、そういった色恋沙汰には無縁に見えていた。失礼ながら愛とか恋とか、そういう感情がオーエンにあったこと自体にも驚いてしまった。

「…何、賢者様」
「賢者様?」

気まずいので出来れば何も見なかったことにして立ち去りたかったけど、案の定バレてしまっていた。振り返ったオーエンの奥から顔を覗かせた彼女は可愛らしい子で、オーエンはこんな子がタイプだったのかと場違いなことを思いつつ、冷や汗が止まらなくなった。

「す、すいません!覗くつもりは無かったのですが…!」
「こっちこそ夜に無断で魔法舎に入ってきてごめんなさい賢者様」

良識がある子だ…!オーエンの彼女だから見た目に反してどんなヤバい子なのかと警戒していたけど、今のところの印象は普通の女の子だった。

「私はナマエ。変な魔法使いじゃないから安心して。北の双子に聞けば私のこと知ってるよ。他にも賢者の魔法使いには何人か知り合いがいるし」
「わ、私は賢者に選ばれた晶です!こちらこそ2人でいたところを邪魔してしまってすいません」

一切こっちを見ようとしないオーエンが怖いけど、ナマエは優しかった。というよりオーエンにナマエのことを紹介して欲しかったのだけど、そっぽを向いていつの間にか寄って来ていた足元の猫をジッと眺めていた。オーエンにも知り合いにキスを見られて気恥ずかしいという感情があるのだろうか。とてもじゃないけど茶化す勇気は無いから安心して欲しい。

「えへへ…若い女の子の賢者様なんて久しぶりで嬉しいな。良かったら仲良くしてね。困った事があったら何でも言って」
「ありがとうございますっ…!こちらこそ歳の近い魔女とお近づきになれて嬉しいです!」

本当にいい子そうだ。差し出された手を握ればナマエもニコニコと握り返してくれた。ゆらゆらとさせたいる様が可愛らしくて私もニコニコしてしまった。

「は?そいつお前よりも500は歳上だけど」
「オーエン余計なことは言わなくていいの」
「えっ」

嘘でしょ。これに関しても結構驚いた。魔法使いは見た目じゃ年齢が全く分からない。




オーエンの彼女発覚という結構な衝撃から数日後。カインと一緒に市場へ出掛けた時、ナマエを見かけた。

男の人と腕を組んでるナマエを。

えっ?あれオーエンは…?腕を組んでるだけだから浮気というには微妙なラインだけど…そもそもオーエンとナマエは付き合ってたのかな?そこに関して何も言及出来なかったから、もしかして身体だけの大人な関係…?魔法使いのそこら辺の価値観はよく分からないところがあるから、何とも言えない。

「ん?…お!ナマエにシリウス!ははっ、デートか?」
「…カイン!お前こそデートか?」

私がナマエに声を掛けられずいたら、隣にいたカインは何てことない様に2人に声を掛けていた。カインとナマエと知り合いだったのか。

「俺は賢者様のお供みたいなもんさ」
「賢者?ああ、この人が新しい賢者なのか」

シリウスと呼ばれた青年は、カインと同い歳くらいだろうか。カインに負けず劣らずイケメンな彼と目が合って少し照れてしまった。

「こんにちは賢者様」
「ナマエ…!こっ、こんにちは!」

ナマエは私にこの場を見られた事を何とも思っていないようで、普通に声をかけてくれた。やはり人間と魔法使いではそこら辺の価値観が違うんだろうか。

「えっと…シリウス、でいいんですかね?初めまして」
「シリウスで合ってるぜ。よろしく賢者様」

シリウスの紅い瞳がキラキラと光った。冷たい雰囲気に見えたシリウスだけれど、笑えばカインのように取っつきやすく見える。

「カッコいいでしょ?彼氏」
「…えっ!?」

クスクスと笑いながらシリウスの腕をギュッと握ったナマエ。確かにシリウスはカッコいいし、ナマエとはお似合いだった。お似合いだけれど、じゃああの日のオーエンとのキスは…?という疑問が止まらない。かと言ってこの場でそれを追求する程、空気が読めない訳ではない。気になって仕方ないけど。

「おいおい賢者様を揶揄うなよナマエ」
「いいじゃんか。彼氏みたいなもんだろ」
「全然違うだろ」

私が少なからず動揺しているのがカインに伝わってしまったみたいだ。揶揄うと言われたからには冗談なのだろうけど、シリウスの『彼氏みたいなもの』という曖昧な返答も気にかかった。

「親子だろお前達。仲良いよなぁ」
「え、…ええええっ!?」

確かに髪の色とか、鼻とか、言われてみればシリウスにはナマエの面影を感じた。
ナマエ、子持ちだったんだ……いやでも500歳は歳上ってオーエン言ってたもんな。500年生きていれば子供の1人や2人いてもおかしくない、のかな?でも魔法舎に子持ちの魔法使いはいなさそ…………

誰との子なんだろう。

「息子は小さな恋人って言うでしょ?もう小さくないけど、いつか彼女が出来るまでは私が恋人なの」
「ナマエがそんなんだからシリウスがマザコンに育ったんだぞ」
「うるせぇ」

父親が誰なのか気になって仕方なかったけれど、他人の家の事情をズケズケと聞くほどデリカシーが無い訳ではない。

「ナマエ、早く行かなきゃ遅れる」
「ああそうだね。じゃあ…賢者様、カイン、またね」

そう言ってナマエとシリウスは手を繋いで去っていった。ナマエの見た目が20代前後で止まっているのもあって、完全に恋人同士にしか見えない。

「ちなみにシリウスもあれで100歳は超えてるらしい」
「そうなんですか!?」

100歳ならまだ若い方なのかもしれないけど…魔法使いって見た目だけじゃ何歳なのか本当に分からないな。最年長のスノウとホワイトを筆頭に。





結局あの後シリウスの父親が誰なのか聞けず、それに関しては今度ナマエと2人きりになれた時にでも聞こうということで私の中で完結した。
それから更に数日経ったある日、シリウスが1人で魔法舎に訪れた。

「あっ!シリウスこんにち…」
「クアーレ・モリト」

挨拶をしようと近づこうとしたのも束の間、いつの間やら現れたオーエンが放った魔法によって阻まれてしまった。

「お、オーエン!?何をっ…シリウス大丈夫ですか!」

容赦のない攻撃魔法だった。土埃が舞い、シリウスの姿は見えない。まさか殺したなんてこと…と、肝が冷えたけれど、土埃の奥から聞き慣れない呪文が聞こえて来て、オーエンに衝撃が飛んできた。オーエンは呪文を唱えて応戦していた。

良かった、生きてる…けど……

「テメー今日こそ殺してやるっ…!」
「お前が死ね」

ど、どういうご関係…!?親子じゃないの!?
対峙した2人の紅い瞳は同じものに見える。イケメンなシリウスの切れ長な目は、オーエン譲りに見えなくもない。というよりやっぱり似ている。だがしかし会って1秒で殺し合うとはどういう関係なんだ。

「はぁ…何かと思えばまたあの2人殺し合ってるんですか」

色々と付いて行けずにあたふたしていると、今日も眠たげなミスラが騒ぎを聞きつけて欠伸を噛み殺しながら現れた。“また”ということは、こういうの初めてじゃないんだ。今日こそ殺すってシリウスも言ってるもんな。

「ミスラはシリウスを知ってるんですか?」
「前からいる賢者の魔法使いは大体知ってますよ。あのオーエンとナマエの息子ですからね」

やっぱりそうなんだ!親子なんだ!オーエン、子どもいたんだ…!
色々思うところはあるけど、一先ずは最近1番気になっていた疑問が解決してスッキリした。次に気になるのは何故、親子の2人が殺しあっているかだ。

「ひっ!?」
「おっと」

スッキリしていたところで、シリウスの攻撃が飛んで来てビックリした。オーエンならともかくシリウスに攻撃されるとは。

「ミスラ!俺はこんな奴の息子じゃねぇから賢者に変なこと吹き込むのヤメろ」
「どんなに貴方が否定しようが親子である事実は変わらないでしょう」
「僕に息子なんていないよ…ヤッたらなんか出来ただけ。」
「ヤッたんじゃないですか」
「ヤッたって……」

息子の前でそんな生々しいこと言うのやめてあげてくださいオーエン。ただでさえシリウスはその…ちょっとマザコンみたいだし。

「別に僕は望んでないし、勝手に生まれて来たのはそっちだろ?」
「俺が勝手に湧いて出て来たみたいな言い方してんじゃねぇよ…!テメーがっ…む、無責任なせいでそうなったんだよ!!」

これはシリウスに全面的に同情した。父親なオーエンなんてしっくり来なかったけど、しっくり来ないなんてもんじゃない。このやり取りから察するにオーエンは何も父親らしい事はしていないんだろう。

「ごめんごめん賢者様。シリウスってば1人で先に行っちゃって」
「ナマエ!」

マイペースに箒から降りて現れたナマエに、食い入る勢いで縋ってしまった。良かった。ナマエが間に入ってくれればこのカオスな親子喧嘩にも収拾がつくのだろうと安心した。

「ナマエ!今日こそオーエンを殺すから見ててくれ!」
「ナマエ…こいつ殺していいよね?毎回毎回鬱陶しいんだけど」
「んー…」

でもこれどうやって収拾つけるんだろ。ナマエが出て来たところでお互い引く気は無いみたいし。

「2人の方がまだかかりそうなら、私はミスラとデートでもして待ってるね!」
「勝手に人を巻き込まないでもらっていいですかね?」

むしろ煽り始めてしまったからビックリした。
…ナマエ、どこの魔法使いなんだろ。多分だけど、西な気がする。この寸劇を寸劇とも思わないで楽しんでる感じ、西っぽい。

「…………」
「…………」

でもナマエの発言にオーエン親子の喧嘩は一気にヒートダウンしていた。

「…次こそ殺す」
「お前には無理。僕より弱いんだから」

鶴の一声とはこういうことなのだろうか。そんなにミスラとデートさせたくないのだろうか。オーエンは「くだらない」と言い残してどこかへ消えてしまった。残されたシリウスはナマエに飛びついていた。

「ムカつく〜!次会ったら絶対殺す!!」
「あのねぇ…オーエンが本気でシリウスを殺そうと思ってたら、もうとっくにシリウスは死んでるんだからね?」

確かに。派手な戦いではあったけど、オーエンはトランクを開いてはいなかった。ということは、ああは言っていてもオーエンにも息子に対する情が少なからずあるんだろうか。素直じゃないのがオーエンらしい。今もナマエをシリウスに譲ってあげてるみたいだし。

「言ったでしょ?シリウスが赤ちゃんの頃、オーエンがシリウスのことをケルベロスの餌にしようとしてた時によく懲らしめたから。放っておけば何もして来ないの」
「自分のことケルベロスの餌にしようとしていた奴を殺したいと思うのは当然の心理だろ」

そ、そういうことなんだ。
そっちの方がしっくり来てしまうから何とも言えない。じゃあ今この場から引いたのも、シリウスに譲ってあげたとかじゃなくて、人前でイチャイチャ出来ないからなのかな。多分そうだな。

「変わった親子ですよね」
「本当…」

ミスラから見ても変わった部類に入るんだ。

変わった、っていうか、うん…クレイジー……

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