胸焼けフラペチーノ
不良校との合併なんて不安しか無かったけど、その不安は見事に的中した。
「ヒースクリフと組んでるシノは不幸だね。肝心のお前がその調子だから、何をやっても無駄だもの」
方向性の違いからシノと喧嘩して隠れている時、オーエンに絡まれてしまった。オーエンに関しては1、2回姿を見かけたことがある程度で詳しいことは知らないけど、いい噂は聞かなかった。問題児が多い不良校の奴でも手を焼いているとか、関わったら自失するとか。実際関わって、成る程と納得してしまった。
「きっと沢山の人に妬まれてるよね。容姿にも才能にも恵まれてるのに、本人のやる気ないんだから。両親に申し訳ないと思ったことは?シノはお前以外と組んだ方が案外上手くいくかもよ?」
「それはっ…」
俺はオーエンに何かしただろうか。ただひたすらに嫌な想いをさせられて、でも逃げるに逃げられない。確かにこんな時、内心喧嘩中のシノに助けを求めてしまう俺はどうしようもなくダメな奴だけれど。オーエンにそこまで言われる筋合いは無い、と喉まで出かかってる言葉を口にする勇気は無かったし、オーエンが言っている事は的を得てもいるから言い返しにくかった。
「いっそのこと居なくなった方が周りは上手くいくんじゃないの?」
それは何回も思ったことだから言わないで欲しい。ズン、とお腹の奥が痛むのを感じた。
誰か助けてくれないものかと思いつつ、なかなか都合よく心強い人は通りかかってくれなかった。むしろ、オーエンがいる事で誰もがここを避けている気がした。
「あっ、オーエン!ちょうど良かった」
そんな中で場の空気にそぐわない明るい声をあげてやって来たのは、オーエンと同じ不良校のナマエだった。ナマエの登場に驚いたのか、オーエンの肩は軽く揺れた。
「ムンバの期間限定のやつ、買ってみたはいいけど甘過ぎて飲めなくて。飲んでくれない?」
「………」
ナマエが片手に持っていたのは、人気のコーヒーチェーン『ムーン・バックス』の期間限定の新作フラペチーノだった。恐らく、授業をサボって買いに行っていたんだと思う。ナマエは他の不良校の奴等とは違って怖くはないけど、制服の乱れと、サボり癖が目立つ生徒だった。
「えっ、いらない?」
当たり前のように無視をしているオーエンに、今度はナマエが驚いていた。そして俺をチラリと見た。
「あぁ、お友達とお話し中だったの?ん?オーエン友達なんていたの?」
「と、友達じゃないですっ…!」
思いっきり嫌な顔をしているオーエンを見て謎の勘違いをし始めたナマエに対して慌てて訂正した。そもそもこの空気でめけずにオーエンに話しかけられるのがすごい。
「…お前帰れよ」
やっとオーエンが口を開いた。苦虫を噛み潰した後のような、低い声だった。
「帰ろうと思ったけど、これオーエンが飲むかなって思ってわざわざ引き返して来たのに…もういいよ。君、えっと…ヒースクリフ だっけ?甘いものは好き?」
しかしオーエンに冷たくあしらわれても、ナマエには響いていないようだった。甘いものは好き?、と差し出されたフラペチーノをどうすればいいから分からず、喉の奥から「えっ」とか「あ…」とか情けない声しか出てこなくて恥ずかしい。飲めなくは無さそうだけど、ほぼ初対面の女子と…その、間接キスをするのは勇気がいる。
「別にいらないなんて言ってないだろ」
「ぎゃっ」
結果的に俺に差し出されたフラペチーノは、オーエンに横から乱暴に奪い取られた。クリームとシロップたっぷりの甘そうなソレを、オーエンはしかめっ面で吸っていた。
「どう?美味しい」
「もっと飲む」
「本当に甘党だよね」
もっと飲む、と言ってツカツカと歩き始めたオーエンをナマエは引いた目で見ていた。オーエンが立ち去ってくれるのは嬉しいけど、ナマエと2人きりにされるのもまた別の気まずさがある。
どうしよう…と、内心困っていると、オーエンが数メートル先で歩みを止めて振り返った。
「ちょっと…置いて行くけど」
オーエン的にはナマエと行くつもりだったみたいで、何でついて来ないだと顔が言っていた。ナマエは行かないつもりだったみたいだけど、オーエンの顔を見て俺にコッソリ「素直じゃないよね」と笑って呟いた。
「…待って!」
オーエンともナマエとも、話しをしたのは今日が初めてだったけど、ナマエは良い子そうだし、オーエンも思ったより普通の男子的な一面がある…のかな。
「ヒースクリフまたね」
「またね〜」
またねって言われたいかと聞かれれば、絶対にそうではないけど。