猛獣使いの猛獣2
「やっほ〜賢者様」
「こんにちはナマエ」
謎の出会いから数日後、ナマエが魔法舎に遊びに来てくれた。
「魔女が皆死んじゃったって聞いてさ、こんな気の利かない男ばっかりじゃ大変だろうなって思って」
「わぁ…!」
そう言ってナマエが開いた小さめなトランクの中には、スキンケアからリップまで、メイク用品一式が並んでいた。
「この前会った時、肌が荒れてたから心配になっちゃった。これ全部あげる」
「いいんですか!?」
話を聞けば、ナマエはこういったメイク用品を売って暮らしているらしい。私の世界でいうBAさんみたいなものなのかな?魔女のお手製なだけあって売行きはかなり良いそうだ。
「これは時間によって色と煌きが変わるネイル、乗せた頬にぴったりの色になるチーク、恋をした相手にだけ花の香りがする香水」
「魔女らしいラインナップですね」
「このリップを塗ってキスをすると盛り上がるよ。軽〜い媚薬入りだからね」
「びっ!?」
賢者様は試したい相手いる?と、クスクスと笑われてしまった。いないです。そう言うナマエの唇も綺麗に彩られていて、彼女もこのリップを塗っているのか少し気になった。
前回は結局聞けずじまいだったオーエンとの仲も。
「そういえばさ」
「はい!?」
この唇にオーエンが…なんてとんでもない妄想をしていたら、気が抜けて変な声を出してしまった。ナマエは私も奇声を気にせず続けた。
「今年の厄災との戦いは沢山死んだって聞いたけど、あの男は死んだ?」
「あの男?」
あの男とは?
北の魔法使いと、それとオズとの関係しか知らない私は、ナマエの指す“あの男”が誰だか分からず首を傾げた。
「ムル」
正解を導き出せなかった私に対して、ナマエは名前を口にするのも不快だ、という顔をしながら言葉を吐き出した。
「ムル?ムルは生きてますよ。どうしてムルの生死を…?」
「そう。また生き残ったの」
心配しているよりも、死んでしまえば良かったのに、という含みが感じ取れる言い方だった。
「あの、ムルとはどういうご関係で…」
あまり良好な仲では無さそうだ。出歯亀精神というよりは、トラブル防止という意味合いで、どういう仲なのか把握出来るならしておきたい。
「今は別に…元カレってやつ?彼氏っていえるほどロマンチックな仲でもなかったけど」
「ぶっ!?」
そっち!?
そ、そっか…何があったかは分からないけど、うん、そうなんだ…。溜息混じりに吐き出された言葉に、本気で死んで欲しいという感情を抱いてる訳では無さそうだと感じた。
ナマエが介入することで魔法舎の人間関係が複雑になって来たな。
「私の方がムルを好きになっちゃったの。今はあんなんだけど昔はキリッとしててカッコよかったし、頭もすごく良かったでしょ?だから月に恋する愚か男だって知ってて、それでもいいから付き合ってって……はぁ、葬り去りたい過去の恥だよね」
「あはは…」
黒歴史ってやつなんだろうな。魂が砕ける前のムルと付き合っていたって事だよね?今のムルとはまた違った面倒臭さを持ったあのムルが、まともに女性と付き合えるところが想像付かなかった。むしろ付き合えただけでもすごいと思う。結果は深い溜息となって終わってしまったようだけど。
「…そんなことより賢者様の話を聞かせてよ。いい男は見つかった?フィガロはやめた方がいいよ。アイツどうかしてるから」
「こ、ここの魔法使い達をそういう目で見たことはありません!」
フィガロとも知り合いなのか。新しい賢者の魔法使いなのに。やっぱりナマエは顔が広いようだ。
「そう?ファウストとか性格は暗いけど優しくていい男だよ。カインも若いけど素敵だし…大人の男性が好きならシャイロックだね。あとはうーん……」
「お、オーエンは?ナマエとオーエンは結局どういう関係なんです!?」
とんでもない流れになり始めてしまったので、どさくさに紛れて1番気になっていた質問をヤケクソで投げかけた。むしろ今しかチャンスは無い気がする。
オーエンの名前に、ナマエはパチパチと瞬きした後クスクスと笑った。
「賢者様は部屋でケロベロスを放し飼いするのが趣味なの?…変わってる」
「そんな趣味ありませんけど!?」
…詮索すると部屋でトランク開かれるって話、継続してたのか。
「別に隠すような事は無いんだけどねー。オーエンってああいう性格だから、嫌がる事はしたくないの」
「確かに、影で詮索されるもはいい気がしないですよね」
ナマエから見たオーエンの“ああいう性格”が、どういう性格を指しているのか全く見当がつかないから、とても気になる。私の思ってる意味合いとは違う気がした。
「賢者さん…と、見かけない顔の魔女さんだな」
ネロがパイ片手に現れたことにより、オーエンの話題は一時中断された。
「アプリコットパイを焼いたんだ。お喋りのお供に食べないか?」
「わぁ嬉しい」
「ありがとうございますネロ」
少し小腹が空いていた事もあり、喜んで頂戴した。リケやミチルの分を心配したけど、まだまだあるから気にするなとネロは言ってくれた。
「他にもいい男いたね賢者様!彼はどうなの?」
「ナマエ!?」
「あはは…元気な魔女さんだな」
どうしてそんなに恋愛脳なのか。長生きの彼女からすれば、100年生きられるか分からない人間の一生で、今恋をせずに何をするんだという話らしいが。
「ネロは好い人ですが、良き仲間でいたいので」
「勿体無い…じゃあネロ、私は?お料理上手な人って魅力的で好き」
「おいおいおい…」
突然のアプローチにネロはギョッとしていた。ブラッドリーはナマエをナンパした事があるらしいけど、ネロはどう考えても会ったその日の女性に声をかけるタイプではない。ナマエも本気で声をかけているようでは無さそうだけど、もしネロが首を縦に振りさえすればキスし始めかねない、妙な色気を出していた。
「…また男を誘惑してる」
「あら」
どう断るべきか困っていたネロの後ろから、今度はオーエンが煙のように現れた。それもとても不機嫌そうに。
「前も言ったよね?誰かのモノになったら殺すって」
え、それはどういった感情からの発言?一般的にはそれを独占欲と言うと思うのだけど。
「はぁー…“僕のモノになって”って言われたら考えるんだけどねぇ?賢者様」
「このタイミングでそのキラーパスはやめて下さい!」
とんでもない巻き込まれ方をしてしまった。オーエンはナマエの発言に益々苛立ったように見えた。
あ、まずい、かも…
「クアーレ・モリト」
「ま、待てオーエン…!」
「“ _____ ”」
突然のオーエンの攻撃魔法からネロが私達を庇ってくれようとしたけど、それよりもナマエが魔法で応戦する方が早かった。
「ちょっと賢者様達にあたったらどうするの?」
「知らないよ」
知らなくないですオーエン。気にしてください。
「ナマエなんか死んじゃえ」
「何回目、それ?」
それでもトランクを開けないあたりに、オーエンも本気で言っていない…んだよね?そうなんだよね?私のことは本気でどうでもいい可能性あるのは悲しいところだけど。
「な、なぁ賢者さん…あの2人どういう関係なんだ?」
「私も知りたいのですが、ネロは部屋にケロベロスを放し飼いする趣味はありますか?」
「は?」