魔法使いの約束 | ナノ

今宵も月は綺麗ですね


何気なくシャイロックのバーに訪れた夜の事だった。基本的には魔法舎のメンバーがポツポツとお酒を嗜んでいるその場所で、見慣れぬ女性が綺麗なカクテルを口にしていた。

「おや賢者様」

私に気がついたシャイロックが、商売上手な笑みを浮かべて迎えてくれた。どこに座ろうか迷っていれば、カウンター席の、彼女の隣の席へ座るように促された。

「こんばんは、初めまして賢者様」

初対面の私がそこに座って良いのか悩んだのを見透かされたのか、彼女は私を歓迎するように微笑んだ。

「私はナマエ。西の魔法使い」
「ナマエは私の古い友人でして。中央の都へ寄ったついでに顔を見せてくれたんです」

なるほど。ここに居るという事は人間では無いだろうと思っていたけど、やっぱり魔法使いだったんだ。ということは、一見私と同年代に見えるナマエも、実はとても歳上なのかもしれない。シャイロックは年齢の話をよく思っていないようだから、ナマエが何歳なのかという疑問は飲み込む事にした。

「シャイロックの友人ということは、ムルともお友達なんですか?」

まずは無難な話題から、と思ったのだけど、ムルの名前を出した瞬間、ナマエの眉が一瞬ひくりと歪んだ。

「…ムルの事はよく知ってるよ」

今までのムルの言動を思い返してしまった。北の魔法使い達のような凶暴さは無いものの、その…発言にデリカシーが無いというか、人の触れられたくない部分をズケズケと暴こうとしてしまうムルを何度か見て来たので、ナマエもその被害にあった一人なのかもしれない。

「あれ?ナマエが来てる!」
「む、ムル…」

噂をすればなんとやら。猫のように気儘に現れたムルは、クルクルと浮遊しながら私達のところへやって来た。
飲んでいるお客様の近くでは浮かばないようにと、シャイロックに注意されていた。

「どうしたの?俺に会いに来たの?」

ナマエにムルの話題を振った時のリアクションが、明らかにムルに対して好意的なものでは無かっただけに、ムルの発言の意図を汲み取る事が私には出来なかった。

「…別に。魔法舎の近くまで来たから寄っただけだよ」
「本当かなぁ?そういう大義名分で、俺にも会えたらなって気持ちは全然無かった?」
「会わなきゃいいなとは思ってた」
「わぁお!ナマエってば怒ってる!」

温度差がすごい。ムルは何故かナマエの隣では無く、私の隣に座ったので、私はムルとナマエに挟まれる形となってしまった。
助けて下さい、とシャイロックにアイコンタクトを送るも、やれやれという顔をされただけで、助けてはくれなかった。

「何で怒ってるの?しばらく会えなかったから寂しかったの?」
「私がムルの前で機嫌良い時なんてあった?」
「あんまり無いかもね!俺と一緒にいるとナマエは嫉妬しちゃうから!」
「シャイロックに?」
「厄災に決まってるじゃないか!」

話が全く見えないのですが。
謎の緊張による喉の渇きを持て余していれば、シャイロックが涼しげな色のノンアルコールカクテルを差し出してくれた。フルーツが入ったそのドリンクは、カラカラになりかけていた喉によく染み渡った。

「でも大丈夫。俺はナマエの、夜空のような黒い髪も、厄災のようにキラキラとした金色の瞳も愛してるよ。君は俺が触れられる唯一の厄災なのだから」

ゴクゴクと飲んでいたドリンクを吹き出しそうになった。左隣のムルの顔を伺えば、うっとりとしながらナマエの横顔を見つめていたし、右隣のナマエの顔を伺えば、とても白けた顔をしていた。

「…私もムルの顔は大好きかな。前の方がキリッとしてて好きだったけどね。余計なお喋りが減って前よりマシになったからまぁいいかと思ってたけど、根本的な部分は変わらないから大嫌い」
「大好きだけど大嫌い…!いいね、そういうの俺は大好き!俺を大嫌いなナマエを大好きだよ!」

胃が痛くなって来た。シャイロックのドリンクを嗜むよりも、ミチルに胃痛に効く薬草を貰いに行きたい気分だった。シャイロックはこのやり取りに慣れているのか、淡々とグラスを磨いていた。

「賢者様、改めて紹介するね。彼女は俺の恋人のナマエだよ。ほら、よく見て。瞳が厄災みたいで綺麗でしょ?本物の厄災には手が届かないから、ナマエの瞳で我慢してるんだ」
「…そんな最悪な紹介する必要がありましたか!?」

いきなり最悪な文言とともに巻き込まないで欲しい。
怒りからなのか、私が声をあげたのとほぼ同時に、ナマエのグラスが砕けて弾け飛んだ。

「ああ…ごめんなさいシャイロック」
「いえいえ、いつも通りムルに請求しますので」
「そうしてくれる?彼は一応私の恋人だから」

ムルの発言をほぼスルーして、にこやかに会話をしているナマエは怖かった。

「賢者様も出会い頭に変な話を聞かせてごめんなさいね」
「い、いえ…タイミングが悪かったというか…」

魔法舎では女性の出入りが少ない。せっかく同性の魔法使いと出会えたのだから、もっと楽しくお喋りがしたかった。それこそムルがいないタイミングで出会いたかった。

「俺と会わない間、俺以外と寝たの?」

…え、まだ続くんですか、この時間。やっと終わったのかと思って喜んでた私がいたのですが。

「もちろん」
「どうだった?」
「やっぱり私にはムルしかいないかもね」
「俺しかいない?違うね!最適解に出会えないから、とりあえず暫定で俺にしてるだけ。そういうところ、俺とナマエはそっくりだから分かるよ」
「シャイロックと一晩過ごせばムルが2番になるかも?」
「シャイロックはダメだよ!」
「どうして?」
「俺が嫉妬する!」
「私に?シャイロックに?」
「どっちだと思う?ナマエの見解が聞きたいな。具体的な根拠も添えてね!」

どうやら本当にナマエはムルの恋人のようだけど、目の前で繰り広げられてる不穏な会話は、私の知っている恋人同士の会話とは何もかも違った。

「あの2人はいつもああなので、賢者様はお気になさらず」
「…随分ヘビーな恋人同士ですね」
「この程度の会話、雑談のようなものですよ。恋人を見ての通り、ナマエも趣味が悪いので楽しんでますしね。本当に苛立ってる時は刃物を持ち出しますし、実際ムルは今まで二度刺されてます」
「刺っ…!?」

刺されたという事実に驚きはしたものの、2人の会話を聞いていると、むしろよく二度で済んだなという気持ちすら湧いて来た。

「場所を変えようか?仲直りの証に屋根の上でキスをしよう。そうしたら俺達の仲に嫉妬した厄災がコッチに来てくれるかもしれない!」
「厄災との戦いはまだ先でしょ?本命の前でキスする私の気持ちを哀れだと思ったことは?」
「あれ?優越感に浸っているのかと思ってたけど違った?」

ネロがよく言ってたっけ。
西の魔法使いは高尚過ぎて俺には理解できないって。

私も1ミリも理解出来ないです。
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