魔法使いの約束 | ナノ

花束なんかでは許されない


※カッコいいネロはいません。





ネロはリケやミチルにとっては“頼りになるお兄さん”かもしれないが、僕からすると要所要所にロクでも無さのようなものが滲み出ている気はしていた。人に無闇に深入りせず、一緒にいて心地好い男なんだけどな。

前にネロが泥酔した時、

「ううっ……ナマエ…俺にはお前しかいないんだっ……!」
「ナマエ?ナマエとは誰のことだ?」
「うるせー!俺はまだナマエと別れてないんだからな…!」
「はぁ…」
「昔の俺が馬鹿だったんだ……巨乳には抗えねぇガキだったんだよ……ナマエ、俺は胸が小さくてもお前が好きだ……」
「………」

と、やたらとナマエという女性の名前を連呼してさめざめと泣いていた時は、子供たちがこの場にいなくて良かったと思った。(ちなみにそれを見たブラッドリーが噴き出していたので、つまりはそういう事なのだろう)
その後に『これはナマエの得意料理だったんだ』と出されたキッシュは美味しかったが。

何故こんな事を思い出したのかと言うと、任務帰りに1人で寄った飲食店で出て来たキッシュが、その時にネロが作っていたものとそっくりだったからだ。店主であろうシェフは初老の男性のようだったが、キッシュは看板娘のような女性が「これは私の得意料理なんです」と愛想のいい笑顔で提供してくれたものだった。そして恐らく2人とも魔法使いだ。あっちも僕が魔法使いであることに気がついているようだったが、お互いに“気がついていること”に気がついていても、何も言ってはいけない空気になっていた。東の魔法使いだろうか。

キッシュとメインのチキンソテーを粗方食べ終えた頃、娘が空になりかけていたグラスに水を足してくれた。当て付けがましくない、気の利く娘だ。そんなところが彼奴も好きそうだな…という考えに至り、更には魔法使い・キッシュ、と来て、浮かんで来た仮説をつい口に出してしまった。

「君はネロという男を知っているか?」

その時の、それまで愛想よく微笑んでいた娘の、冷め切った表情を見て、この娘は絶対に北の魔法使いだと察した。

「…知りません」

絶対に知っている。娘は知っている事を隠そうとはしなかったが、それ以上その名前を出したら殺す、と目で語っていた。

「ははは!お客さん、どうしてナマエにそんな事を聞いて来たんだ?」

緊張感の漂う中で、店主が耐えきれないと言わんばかりに笑い声をあげた。
ナマエ。店主が名前を出したのは態とだろう。自分達はネロを知っているし、お前も名前を出したらそれが分かるだろうという、いやらしい駆け引き。

「いや…僕の勘違いのようだ。変な事を聞いてすまない」

包丁を片手に野菜を切るナマエを前に、これ以上この話題を深追いするだけの度胸が僕には無かった。失礼ながら、本当に失礼ながら、エプロンの下の慎ましやかな胸から察しても、彼女がネロの言っていた“ナマエ”で間違いない。
藪はやたらと突くものではないな、と水を口に含んだ。

そんな時、カランカランと入り口のドアに付けられたベルが鳴り、来客を知らせた。

「いらっしゃ……」

気まずいこの空気が精算されるだろうことに期待して、ホッと胸を撫で下ろす。つもりだったのだが。

「あれ?先生もここに居たのか。町の人間に聞いたらこの店が上手いっていうから、俺も勉強がてら来てみたんだよ」
「ネ、ネロ…」

最悪の来客だった。
ネロは奥にいるナマエに気がついていないようで、ナマエは上げかけた顔をまた下げて野菜を切るのに集中していた。サク…サク…と野菜を切る音がここまで恐ろしく聞こえたのは初めてだった。

「…この店は君の口に合わないかもしれない。別の店を探さないか?」
「そうなのか?キッシュが美味しいって聞いて気になったから、それだけでもテイクアウトして…」

君がキッシュを好きなのはよく分かった。だが今日は帰ろう。少なくとも僕がいない時に来てくれ。こういうのは得意じゃないんだ。

「ナマエ…?」

ああもう。ネロは普段の…他人とは一線を引きがちな性格からは想像出来ない勢いで、野菜を切っているナマエに近づくと、その顔を覗き込んでいた。

「………」
「やっぱりお前ナマエだよな!?こんなところにいたのか!」

奥では店主が笑いを堪えて顔を伏せていた。

「人違いです」
「俺がお前を見間違えるはず無いだろ?」

顔を上げたナマエの表情に温度は無かった。反対にネロはいつもより熱くなっている。この温度差はなんだ。

「俺、ずっとお前に謝りたくて……俺達もう一回やり直さないか?俺変わるから…」

なんともまぁ、あのネロ・ターナーがテンプレートな復縁の誘い文句を口にしたものだ。色んな意味で意外で驚いたし、やはりそういう事なのだな、と疑惑は確信に変わった。
加えて、お前…そんな顔で女性を口説くんだな、と友人の見たく無かった一面を垣間見てしまい、複雑な気持ちになった。

「ふー…」

ナマエはといえば、雑に人参を切り落とした後、ネロと視線を合わせていた。
この娘、若く見えるが程々に歳を取っているな…?少なくとも僕より年上…ネロと同じくらいなのだろうか。

「見間違えるはずないって…思い切り泥酔して巨乳美人の胸鷲掴んで『ナマエ胸大きくなったなぁ』って言ってたアレは何?」
「う゛っ……」

ネロ…君は本当にロクでも無いな。見ていられず、帽子を深く被り直した。
ネロは今でこそ魔法舎の中では落ち着きある方だが、過去が過去だしそれなりにヤンチャしていたのだろう。だからといって、そんなヤンチャエピソードは聞きたく無かった。

「ボスと酒飲みに行けば巨乳美人を隣に配置して酔っ払って…悪かったね、胸が小さくて」
「な、何もしてねぇよ…!キスくらい挨拶だろ!?」
「アンタ、私が他の男と喋ってるだけで怒ってた癖に自分はキスまで浮気じゃないの何なの!?」
「お前はダメだろ…!」

意図せずしてネロのダメダメな恋愛観に触れてしまった。それはキレていい。ネロが悪い。10割悪い。

「ダメな男が好きな私は捨てたの」

そう言い放ったナマエからは強い意志を感じた。相当な目にあったのだろう。お気の毒に。

「俺だって変わったよ」
「どんなに変わろうがネロとは絶対よりを戻さない」
「じゃあどんな男がいいんだ?」
「誠実な人」
「俺じゃん…」
「そういうとこだよ」

「ネロ…君はそんなにしょうもない男だったのか?」

話にならないとはこの事だ。静観してなるべく気配を消すつもりだったが、思わず突っ込んでしまったのは致し方ない。
ナマエの「分かってくれる?」という視線がまた居た堪れなかった。


「頼む!ナマエ!愛してるんだ!」
「ちょっと土下座しないで!なんでも土下座すれば許してもらえると思って…!」
「ネロ、帰るぞ!君に対して脈は無い!」
「わはははははは!」

その後はひたすら混沌としていた。道端で土下座して縋るネロ、嫌がるナマエ、止める僕、腹を抱えて笑う店主。

何とかネロを引き摺って魔法舎まで連れて帰った僕を褒めて欲しい。ネロはずっとブツブツ言っていたが、子供達が現れると“ちゃんと”し始めた。ずっとそうしてくれ。僕は疲れた。というかミチルやリケに接するように彼女にも接すれば良いだろうに、あの醜態はなんだったんだ。まぁいい。二度と僕を巻き込まないでくれ。


後日、悪い人間に騙されかけたリケが、その場に居合わせた魔法使いに助けてもらったお礼にネロの料理を食べさせたい、と言ってナマエを連れて来た時の、あの時の空気を僕は何と形容すればいいのか知らない。
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