狼とクローバー | ナノ

マカロン


魔法舎の一角で北の魔法使い達が賑わっていた。協調性に欠ける北の魔法使いが依頼も何も無いのに一緒にいることが珍しいし、よく見たらその場に何故かファウストまで混ざっていたから本当に珍しい光景だった。

何の話で盛り上がっているんだろう。

「こんばんは。何の話をしているんですか?」
「何でもない」

私の質問にすかさず答えたのは不満気な顔をしたオーエンだった。その他の皆は比較的楽しそう…いや、ファウストだけは同じく仏頂面をしていた。

「恋バナ!」
「恋バナじゃ!」
「こ、恋バナ!?」

オーエンに代わって答えてくれたのはスノウとホワイトで、思ってもみない答えだったからめちゃくちゃ驚いてしまった。恋バナって…前の賢者様から聞いたのかな。

「えーと…ちなみに誰の?」

このメンバーで恋バナ?とか、北の魔法使いの皆さんでも恋とかするですね、とか、余計な疑問は飲み込んだ。
誰の恋バナをしているんだろうか。1番あり得そうなのはブラッドリーだ。彼女がいたとしても不思議じゃない。もしくはルチルとミチルのお母様との関係が気になるミスラ…あっ、もしかしてファウスト?だからこの場に混ざっているのかな?でも何で北の魔法使いに話をしているんだろう。

「それがオーエンなんだよ!」
「オーエンですね」
「オーエンちゃんの初恋じゃ!」
「初恋はいいものじゃのう」
「はぁ…」

嬉々として最初に答えてくれたのはブラッドリーで、あとからミスラ、スノウ、ホワイトと続いた。最後のファウストのため息がやけに重たく感じたが、その理由を考える余裕なんて無かった。

「お、オーエン!?オーエン好きな子がいるんですか!?」
「うるさいな!こいつらが勝手に言って盛り上がってるだけだよ!」

食ってかかれば、本当に、本気で嫌な顔をされた。このメンバーでそういう話をしていること自体、あまりオーエンの本意では無いようだ。
しかし意外過ぎた。個人的にこのメンバーの中で1番、恋とは無縁そうだと感じていたのがオーエンだったのもあった。

「ち、ち、ちなみにお相手は…?」
「「ファウストの娘じゃ!」」

恐る恐る聞けば、スノウとホワイトが同時にきゃっきゃっと答えてくれた。

「ファウストの娘…!?ファウスト娘さんがいたんですか?」

そっちにも驚きだ。情報量が多過ぎる。

「…義理のな。血の繋がりは無いよ」

なるほど…なるほど?いや、色々聞きたいことは山程あるけれど、とりあえず何故このメンバーで恋バナなんかしていたのか疑問は解けた。まだ聞きたいことは沢山あるけど。

「あのー…私もその恋バナに混ぜてもらえませんか?」
「嫌だよ。帰って」
「うっ…」

即答だった。オーエンにとってはあまり声高々に話したい話題では無いようだ。そりゃそうだろうな。

「まぁまぁ。賢者ちゃんはナマエと歳がそんなに変わらぬし」
「きっと我等よりも良い相談相手になってくれるぞ」
「お相手はナマエちゃんっていうんですね」
「馴れ馴れしく名前を呼ぶなよ」
「すみません…!」

怒られてしまった。この手のオーエンの地雷が思った以上に浅そうだ。私が名前を呼んだだけで不機嫌になったオーエンを見て、ブラッドリーは必死に笑いを堪えていた。

「賢者、オーエンに諦めるように説得してくれないか?味方がいないんだ」
「え!?えーっと…」

横からゲッソリとした様子のファウストに頼られてしまい、何と返せばいいものか。他人の恋愛事情に興味本意で首を突っ込むべきじゃなかったな。

「えっと…まずはナマエのことについて教えてくれませんか?私と歳が近いってスノウとホワイトが言ってましたけど」

とりあえず話題を変えて誤魔化してみた。顔色の悪いファウストの味方をしてあげたい気持ちはあるけれど、まずは事情を知りたい。
ファウストは私の思惑を察した様子を見せつつも、やれやれと口を開いてくれた。

「確かに君と同じくらいの歳だと思うよ」
「義理の娘さんと聞きましたが…」
「昔、嵐の谷に捨てられていたところを僕が拾った」
「捨てられた?」

捨てられた、と聞いて私より先に低い声を上げたのはオーエンだった。

「魔法使いと分かって母親に捨てられたんだよ。よくある話だろう…中央のアーサーだってそうだ」

胸が痛む話だった。この世界の、魔法使いに対する偏見にはどうしても慣れない。魔法使いにだって心はあるのに、まるでそれが無いように接する人達が存在する。

「その母親とかいうのはどこいるの?」

憶測でしかないけれど、オーエンの怒りを孕んだ声は『そんな奴自分が殺して来てやる』と言っているように感じ取れた。オーエンが誰かを好きになるなんてピンと来ていなかったけど、恋をしているというのはどうやら本当らしい。だって彼は、好きな人が虐げられていた過去を知って怒っている。

「…僕が気がついて後を追った時には、魔法使いを産んだことによって迫害を受けて自死していた。彼女は娘を守るために捨てたんだ」
「そんなっ…」
「…………」
「ナマエは知らない事だ。本人には話さないでくれ」

そう言ってナマエを想うファウストの目は優しかった。辛い過去の中で、ファウストに拾われた事はナマエにとって不幸中の幸いだっただろう。そしてきっとファウストにとっても。

「初めは1人で生きる術を身につけさせたら街へ返そうとしたんだけどな。呪い屋なんてやってる僕の側に居るべきではないと」
「アンタは父親向きだと思うぜ」

ブラッドリーが茶化し半分に言えば、ファウストは物言いたげに睨んでいたけど、私もそう思う。

「10歳になった日、それを伝えた。大人になったら出ていくようにと、お前は僕の娘では無いと」
「ファウストも不器用じゃのう」
「伝えたお主も辛かったろうに」
「僕の気持ちはともかく、あの日の発言を後悔しているよ。無駄にあの子を傷つけた」

当時のファウストだって本当はずっと一緒に居たかったろうに、ただファウストはそうしてしまうんだろうな、というのは何となく理解できた。彼はそういう人だ。

「その日の夜、気がついたら家から居なくなってしまったんだ。僕にとって自分は迷惑な存在だったんだと思い込んだあの子は、道も分からないのに森に飛び出して行ってしまった。慌てて探して見つけた時には精霊に取り込まれかけていた」

精霊取り込まれるというのがどういう状況なのか、人間の私にはピンと来なかったけど、良くない状況なのは察する事が出来た。

「そんな危ない目に合わせたの?」
「言っておくが、お前がナマエに近づいてるのも僕にとっては“危ない”状態だ」
「………」

何でちゃんと見ていてやらなかったんだと言わんばかりに非難の声を上げたオーエンに対して、ファウストは苦虫を噛んだような声で返していた。

「で、その先は?まぁナマエは生きているので無事だったんでしょうけど」

話が逸れかけたタイミングで、ミスラが欠伸を噛み殺しながら先を促した。

「すぐ様保護して謝ったさ。あの子を失いかけて、血の気が引いてやっと素直になれたよ。僕の娘になってくれないかと、僕からお願いした」
「いい話じゃのう…!」
「娘とはいいものじゃのう…!」

あの癖の強い2人を育てたスノウとホワイトにはこういう話は無かったのだろうな、と羨ましそうに声を上げた様を見て少し気の毒なった。

「ナマエは泣きながら自分はもう娘のつもりだったと、これからも一緒にいさせて欲しいと言ってくれた」
「ふぅん」

オーエンがつまらなそうに相槌を打っていた。そんな事まで聞いてないと言いたげだった。
まさか、ファウストに嫉妬したのだろうか。

「あの日からナマエは僕の大切な娘だ。…だから分かるな、オーエン」
「何が?」
「僕の娘に近寄るな」
「………」

突然の一発触発に緊張が走った。出来ることなら、そんな邪険にしなくても…とフォローしたい気持ちもあるけど、カインの目を奪ったり、オズを封印しようとしたり、オーエンには前科があり過ぎる。大切な娘にオーエンが近づいて嫌がるファウストの気持ちも分からなくはない。

「別に、僕の勝手だろ?」
「迷惑だ」
「………」
「………」

スノウとホワイトが「我等も娘は渡さんとかやってみたかったのう」「今度は女の子を育てたいのう」と場違いに盛り上がっているけど、そんなこと言ってる場合じゃない。大丈夫かなこれ。喧嘩になったりしないかな。喧嘩になったらちゃんと周りは止めてくれるのかな。


「お〜い先生…に、賢者さんと北の魔法使い全員集合で何やってるんだ?」

一発触発な空気を壊してくれたのはネロだった。謎のメンバーでピリついている事にギョッとしていた。

「恋バナだよ」
「恋バナ!?」

ブラッドリーが楽しそうに答えれば、ネロは私とほぼ同じリアクションをしていた。気持ちはとても分かる。

「…あれ?ネロ、後ろにいるのは…」

驚いているネロの影に隠れるようにして、こちらを見ている女の子がいる事に気がついた。
ちょうど私と同い年くらいの女の子だ。私と目が合って、おっかなびっくりな顔をされてしまった。

「ファ、ファウスト…」
「ナマエ!?どうしてこんなタイミングでネロと現れるんだ!」
「えっ…!」

この子がナマエ!?なんというタイミング。不安げにファウストに縋るナマエはまさに東の魔法使いといった雰囲気を纏っていた。やっぱりどこか怯えるような目で私をチラチラと見ていた。

「ああ、賢者とは会った事が無かったからな。挨拶しなさない」

ファウストにそう促してもらって、やっとしっかり私の方を見てくれた。

「初めまして…東の魔法使いのナマエです」
「初めまして!」

人見知りしているナマエに少しヒースクリフの面影を感じて、ファウストがヒースクリフを放っておけない理由の1つにナマエも関係あるのではないかと邪推してしまった。

「ちょっと、賢者様。ナマエは人見知りなんだからグイグイいくなよ」
「へぇっ!?す、すいません…!」

そしてまさかのオーエンに注意されてしまって、変な声が出てしまった。ブラッドリーは吹き出していたし、ネロも驚いて目を見開いていた。

「だ、大丈夫だよオーエン!その、ちょっと緊張はしてるけど…ありがとう」
「…ふん、ならいいけど」

オーエン、ナマエにお礼を言われて嬉しそうだ…!
え、すごい。オーエン本当に恋してるんだ。

「そうだ。うちの子は人見知りだから北の魔法使いなんかと仲良くなったりしない。行くぞナマエ」
「え?え?」
「…耳が痛い話だな」

実は北出身のネロがそう言ったことで、ファウストは少々バツが悪そうな顔をしていた。しかしそれどころでは無いんだろう。

「ま、待ってファウスト!私、その…賢者様とお友達になりたくて…ヒースクリフがきっと私とも仲良くしてくれるって言ってたから…」
「え!私ですか?」
「うん…魔女と友達とか、嫌じゃなければ」

私に会いに来てくれてたんだ!嫌な訳がない!むしろとっても嬉しい!
賢者の魔法使い達も、クックロビンさんやカナリアさんもとても良くしてくれてるけど、なんというか…クラスメイトみたいな、同年代の女の子とのたわい無い話がしたいと飢えていたところだった。

「是非…!」
「わぁ…わぁ!」

手を握って答えれば、ナマエは宝箱を開けた時のような笑顔を返してくれた。

「ファウスト…!人間の!女の子の友達が出来た…!」
「…良かったな」

すかさずファウストにそう報告したナマエは幾分幼く見えて、ナマエを見るファウストの目は本当に優しくて、あぁ、2人は血なんて繋がってなくても親子なのだなと、微笑ましい気持ちになってしまった。

「僕は?」
「お、オーエン?」

いい感じに感動に浸っていたのに、親子の間に割って入って来たのはオーエンだった。

「僕とは友達になりたいだなんて言ったことないのに、賢者様とはもうお友達なんだ?」

なんだか要らない妬みのようなものが私に向いているのを察した。言うまでもなく、私とナマエが仲良くなるのが納得いかないようだ。
…そもそも、ナマエとオーエンは現状どういう関係なんだろう。オーエンの片想いはそうだとして、ナマエはオーエンに対してどれくらいの好感度を抱いているのか全く読めない。

「オーエンとは友達っていうか…い、色々すっ飛ばして来たからっ」

すっ飛ばすって何を?

「すっ飛ばすってキスのこと?…ふぅん、照れてるんだ」
「キスっ…!?」

ちょっと待って。キスしただなんて聞いてない。ネロも横で素っ頓狂な声を上げていた。北の魔法使い達はみんなニヤニヤしてる。どういう事なの。

「してない。ナマエ、キスしたなんて気のせいだから忘れなさい」
「したよ。お前の前でもう一回してやろうか?」

ファウストはそう言っているけど、この感じ本当にしたんだろうな…キス……
ナマエ…貴方大変なことになってるじゃないですか…

「なんだよオーエンのやつ、本当にキスしてたんなら言えよな!」
「さてはテメーが変な事言ってオーエンをけしかけたんだな!?」
「“女は強引にキスするくらいの男が好き”…でしたっけ?」

しかも元凶はブラッドリー…ブラッドリー……それは少女漫画だけの話では…?いや、ブラッドリーに強引にキスされたら落ちない女性なんていないのかな?だとしてもとんでもなく人を選ぶアドバイスです、それ。

「ネロ、ナマエを連れて遠くへ。僕はオーエンと決着を付けなくてはならない」
「へぇ…やれるものならやってみなよ?」
「待って待ってファウスト!」

いつの間にかファウストは鏡を、オーエンはトランクを出して、今にも戦い始めそうになっていた。間であたふたしているナマエが気の毒でならない。ナマエにとってもカオスな状況なんだろう。

「け、賢者様…助けて……」

そんな風に助けを求められてしまったら、見て見ぬ振りも出来ない。初めからそんなつもりはなかったけど。可能ならしたかったけど、出来ない。

「ちょ、ちょっと待ってて下さい!」

とりあえず全力疾走でオズを呼びに行った。それしか無かった。オズに状況を説明すれば二つ返事で了承してくれたのが少し意外だったけど、ファウストとオズは子育て仲間としての連帯感があるようだった。
ファウストにオズが加勢したことによって比較的被害は少なく事は終えた。

けど、私がオーエンの味方をしなかった事によって、しばらくオーエンに会う度に嫌味を言われる羽目になってしまった。

「…賢者様、ナマエと友達になったからって調子に乗るなよ」
「乗ってません!」

せっかくお友達になれたのに、気軽にお茶にも誘えそうに無いです。


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