狼とクローバー | ナノ

ガレット


(カヌレのファウスト視点)


前々から様子がおかしいとは思っていた。最初に思ったのは…今年の厄災の戦いの少し前だろうか。
ナマエと歳の近いヒースクリフが賢者の魔法使いになったこともあり、魔法舎に訪れる機会が増えた。ナマエとヒースは友達になりたいようではあったが、互いに人見知りな為、ゆっくりと距離を縮めていた。数ヶ月の時を経て、2人が笑顔で談笑している様を見かけた時には、柄にも無く穏やかに笑ってしまったのを覚えている。邪魔したら悪いだろうと踵を返そうとすれば、当時の魔法舎ではあまり見かけない顔が見えて足が止まった。オーエンだ。オーエンがヒースに何かを語りかけている。普段のヒースなら青ざめていくだろうが、その時は様子が違うように見えた。恐怖というよりは困惑の色を浮かべている。何にせよ碌な事は言われてないだろうと、僕は足早に3人の元へ向かった。

「オーエン、何をしている」
「ファウスト…!」

僕の登場にナマエはホッとした顔をしている。来て正解だったようだな。

「…別に、何もしてない。」
「お前の何もしてないなんて信用出来るか」

揉め事は出来れば避けたいが、娘の為なら致し方ない。万が一の戦闘にも備えて鏡を出した。しかし…

「だ、大丈夫ですファウスト先生。あの…酷いことを言われた訳ではないので」
「本当か?なら何を話していた」
「何でもいいだろ」

僕の問いに拗ねたようにオーエンはそっぽを向いた。しかし、チラチラとナマエの方を見ている。オーエンに目をつけられるなんてたまったものじゃない、と後ろにナマエを隠せば正面切って睨まれた。

「僕の娘に何か用か?」
「お前の娘じゃないだろ。血は繋がってないって聞いた」
「それでも僕の娘だ」

正直、僕とナマエが義理とはいえ親子関係にある事、そして血の繋がりが無い事も含めてオーエンが把握していたのには驚いた。他人の事など無頓着なやつだと思っていたのだが。

「…飽きた」
「おい待て!」

結局はオーエンが消えたことにより真意は分からず終いとなった。本当に何かされていないのかとヒースとナマエに再三確認したが、2人とも首を傾げるだけだった。

「なんというか…俺とナマエが一緒にいるのが気にくわない口振りでしたけど」
「カインならともかく何で私だったんだろうね…」

ナマエのその認識もどうかと思うが。確かに奴はカインに謎の執着を抱いているからな。それに比べれば両目が無事なだけマシなのか?

「まぁ、何も無かったならいい」

オーエンが何を考えいるかなど考えるだけで無駄だ。悪戯に人を怯えさせ、困惑させるのが大好きな魔法使いなのだから。ただ、オーエンの真意が分からなかった以上は、今後ナマエを魔法舎に連れて来るのはなるべく控える事にした。





「…ナマエは?」
「は?」

そうして時が経ち、色々あって賢者の魔法使いは全員魔法舎に住む事となった。僕は所用…というより、ナマエにその旨を伝え、1人で最低限生きていける準備を整えさせてからの合流となった。
他の魔法使いより数日遅れて魔法舎に戻れば入口にオーエンが待ち構えていて、第一声がそれだった。もう頭が痛いぞ。

「置いて来た」
「何で?」
「…お前に近づけたく無いからだ」
「はぁ?」

何故ナマエを待っていたのかは分からないが、矢張り置いて来て正解だったな。一体ナマエに何の用なんだ。

「今からでもナマエも連れて来てくれんかのう?」
「オーエンちゃん、ずっと待ってたみたいじゃから」

オーエン後ろから出て来た双子の発言に、余計に頭を抱えたくなった。だから、なんでオーエンはナマエを待っていたんだ。

「別に待ってない」

これまでの言動から絶対待っていただろうに、頑なに認めようとしないオーエンが逆に得体が知れず気味が悪い。

「こらオーエン!」
「ファウストはナマエの育て親じゃ」
「キチンと敬わなくてはならんぞ」
「じゃないと会わせてもらえんぞ」

オーエンが何を考えてるか理解出来ないししたくもないが、双子の言動を聞いていると嫌な仮説が浮かんでしまった。…ちょっと待ってくれ。勘違いであってくれ。

「…別にオーエン本人もナマエを待っていないと言っているし、会えなくても問題ないだろう?もう魔法舎に連れて来るつもりはないよ」

そんな予定では無かったが、もし本当にそうなのだとしたらそうせざるを得ない。どうか、“ナマエのことなどどうでもいい”と言え。カインとも違う執着をナマエに向けるな。

「じゃあ僕から会いに行くからいい」
「なっ…!?」
「「きゃー!」」

最悪の仮説として考えてはいたが、予想だにしなかったストレートな言葉に愕然としてしまった。双子は色めき立って盛り上がっている。僕は一瞬目眩がしたいというのに。

待て待て、冗談じゃないぞ…!

「オーエンちゃん、会いに行くなら笑顔じゃぞ!」
「ニコニコしてればナマエも喜ぶぞ!」
「喜ぶものか!」

人の娘をなんだと思ってる!

「笑って、花渡して、最悪無理矢理キスすればいいんだろ?」
「最悪にも程があるだろうっ…!」

誰の、何の入れ知恵だそれは。人の娘に何をする気なんだ。いや、言わなくていい。
箒を出して今にも飛び立たんするオーエンを全力で止めねばと、鏡を取り出した。

「「ノスコムニア」」
「何をする!?」

その前に双子に邪魔されてしまい、みすみすオーエンを逃がす形となってしまった。

「まあまあ」
「オーエンちゃんがあんな風になるのも珍しいし」
「我ら応援したくなってしもうて」
「ファウストもどんと構えて見守ってやると良い」
「相手はオーエンだぞ!?」

東西南北中央と来て、よりによって北、それもオーエン。もっと歳も近くて真っ当な魔法使いなら僕だって何も言わないが、オーエン相手なら話は別だ。

「これを機にオーエンちゃんも丸くなるかもしれないし?」
「さっきブラッドリーの話を聞いてるオーエンちゃん何て可愛らしかったからのう」
「なんでオーエンが丸くなる為にナマエが犠牲にならなきゃいけないんだ!この魔法を解け!」

ブラッドリーの助言など、嫌な予感しかしないだろ。まさかキスってブラッドリーに言われたんじゃないだろうな。

「ブラッドリーてば、“女は無理矢理キスして来るくらい強引な男が好きだ”なんて」
「あれだけはオーエンが間に受けてないか心配だのう」
「だったらその時に止めてくれっ…!」

誰か1人くらいその流れを止めてくれる奴はいなかったのか。クソッ…こんな事をしてる場合じゃないぞ。何とかしてこの双子の魔法を解かなくては。
しかしそこは最古の魔法使い。片割れが死に、最盛期は超えたとしても、なかなか魔法は破れなかった。この間にもオーエンは東の国へ向かっているだろうに、歯がゆい事この上ない。

「ヴォクスノク」

あれやこれやともがいていた時、何とも頼もしい人物が現れた。

「…お、オズ!?」
「早く追えファウスト」

まさかオズが助けてくれるとは、と驚いたが、子育て仲間として思うところがあったのだろう。ナマエが幼い頃に、致し方なく魔法舎にを連れて行った際も、不器用ながらに優しく接してくれた記憶が蘇った。最初は何故あのオズが子どもを、と首を傾げたが、アーサーの存在の発覚でこれ以上に無い程腑に落ちた。

「感謝する!」

アレクの子孫という点に関しては釈然としないが、それとは別に、いつかアーサーがピンチの時は助力しようと心に誓った。

「あー!待つのじゃファウスト!」
「邪魔してはならんぞ!」

双子は他人事だと思って楽しんで!
確かに僕もナマエ以外の魔女がオーエンに気に入られていたら、これを機に人の心を取り戻すかもな…などと悠長に構えていたかもしれないが。自分の娘に対して、笑顔で花を持ってキスしてくるオーエンなど全力で止めなければならない。

全力で箒を飛ばした結果、町外れでオーエンとナマエがキスしているところを発見して、僕は反射的に呪文を唱えていた。

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